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ぽかぽかした陽気が気持ち良く感じられる春のある日。目の前をひらひら飛んでいる蝶々をボンヤリ眺めながら、おれはいつもの駅前で一人、ハルヒを待っている。二人で映画館に行くためだ。 なぜこんなことになっているか…それを今から説明しよう。 1週間と1日前、いつものように長門が本を読みふけっている横で、朝比奈さんが入れてくださったありがたーいお茶を飲みながら古泉とオセロをやっている時だ。 ハルヒが目をアンドロメダ銀河みたいにキラキラ輝かせて文芸部室-今現在、SOS団の活動場所になっているわけだが-に飛び込んできやがった。 「みんな!揃ってるわね!明日は町内探索に行くわよ!」 そりゃまた急だなお前は… 「なんだか明日は何かが起こりそうな予感がするのよね!だから明日!朝九時に北口駅前に集合ね!遅れないように。最後に遅れて来たら罰金だから!」 ハルヒはそう言い放った。最後の一文はどうやらおれに向かって言っているらしい。おれとしてはありがたくないのだがいつもそうなっているのだから仕方がない。改善しようとも思わないがな。なぜならそれがおれの日常になっていたからだ。その日、それ以外はいつも通りに一日が過ぎた。 で、その次の日。 おれは集合時間の5分前に着いたのだが、そこにはいつものようにおれ以外のSOS団が全員いた。ハルヒはプンスカ怒って 「遅い!あたしが来た時にはもう3人ともいたのよ?!団長を待たせるなんてどういうつもり?罰金!!」 そう言ってハルヒは喫茶店に向かい、おれ達もそれに従った。そうしてこの日の喫茶店がおれの奢りになったところまではいつも通りだ。 ハルヒはいつものようにアイスティーを飲みほすと爪楊枝に色を付け、くじ引きを行なった。結果はこうだ。 おれとハルヒの組 長門と朝比奈さんと古泉の組 なんとまぁ。 まさか宇宙人と未来人と超能力者が一組になるとはな…万国ビックリショーにでも出たらどうだ? なんてことを考えながらふと古泉を見ると何やらいつも以上にニヤニヤしている。…何が言いたいんだお前は その後おれ達は北、長門達は南に分かれることになった。 昨日あれほど楽しそうにしてたんだから行くあてがあるのかと思いきや、そうでもないらしく、おれ達はそこらへんをハルヒの思いつくままにブラついた。 そこで気がついたのだが、その日、ハルヒはいつも以上によく喋る。とても楽しそうなのでおれも釣られて喋ってしまう。ハルヒとこれほど喋ったの久しぶりだな。 しかし、なかなか不思議が見つからず、少々ハルヒの口数が少なくなってきた頃、それは起こった。 バイクが突っ込んできやがった-いわゆるヤンキーというやつだ-そいつがよそ見をしながら走っていたせいか、はたまたハルヒが木の影に入っていたからか、ハルヒがおれの方を向いて歩いていたからかはわからんがそいつはハルヒにまったく気付かず、ハルヒもバイクがこっちに向かっているとは気づいていないようだった。 「危ねぇ!!」 おれは気がつくとハルヒの腕を掴んで力まかせに引っ張っていた。 間一髪だ。もう少し遅れていたら…考えたくもないな。ヤンキーは振り返りもせずどっかに行ってしまった。しかし今はそんなことはどうでも良かった。おれはハルヒが助かったことに安堵を感じていて、ハルヒを抱きしめる形で道にへたり込んでいたことに気づくのに数秒かかったようだ。周りに人がいなかったのは幸いだったな。 俺達は立ち上がり、ハルヒにケガがないことを確かめた後、しばらく黙って歩いていたが、ベンチを見つけたハルヒが 「座りましょ。話したいことがあるから。」 そう言って二人で並んでベンチに座ることにした。 少しの沈黙の後、ハルヒが切り出す。 「あたし、あんたのことただの友達だと思ってた…だけどさっき助けられた時に気づいたわ。それはただの思い込みだったってことにね。ホントはあたし、あんたのことが好きだった…ただ気付かないふりをしてただけ。さっきので自分の気持ちがハッキリしたわ…あたしはキョンのことが好きなんだって。…あんたはどう?」 おれはうなだれた。 …なんてこった。我ながら情けないぜ。ハルヒに言われるまで自分の気持ちに気づけなかったとは…。 いつからだろうか、おれもハルヒが好きになっていた。 しかし付き合いたいという告白は男の方からするものだと思っていたのでおれから言うことにした。 「おれもハルヒが好きだ。お前に言われて初めて気付いたよ。…付き合ってくれ。おれがお前を守ってみせる、絶対に幸せにするから」 ハルヒは本当に嬉しそうな顔で頷いた。 ちょうど昼時になっていたのでおれ達は長門達と合流し、付き合うことになったと公言すると、古泉はわかっていたとでも言いたげなニヤケ顔で 「おめでとうございます」 とだけ言い、 朝比奈さんは少し涙目になりながら 「本当におめでとうございます!やっぱり涼宮さんにはキョン君がお似合いですね」 と言ってくれて、 長門は 「…そう」 とだけ言った。 その間ハルヒはというとおれの横に立っていただけで何も言わなかったが、どこか嬉しそうに見える。 その日はそれで解散することになった。 ところがそれからのハルヒの態度はいつもと変わらず、いつものように何日かが過ぎた。 まあそれでもいいんじゃないかとも思ったがやはり自分から告白した手前、何かしらのアクションを起こさなければと思ったおれは金曜日-つまり昨日だが-明日映画にでも行かないかと誘った。そこでおれはハルヒが昔、付き合ってフッた男について「どいつもこいつも…映画館・遊園地・スポーツ観戦…それしかないわけ?」みたいなことを不満そうに言っていたのを思い出し、失言かと思ったら以外にも 「いいわよ。」 とあっさり承諾してくれた。どうやらおれと一緒ならどこでもいいらしい…いや、そう思いたいね。 そういう訳で今こうしてここにいるわけだが…なぜおれが先に来ているのかって?答は簡単だ。男が待ち合わせに遅刻するなんてカッコ悪いことができるか?少なくともおれはできないね。だからおれは待ち合わせ時間の30分前からここにいるってわけだ。 そうこうしてるうちにハルヒが駅から出てきた。行くところは決まっていたので今日はさっそく映画館に向かうことにした。しかし、彼女と映画館に行く日が来ようとはな…しかもそれがハルヒだなんて1ヶ月前のおれは想像もしなかったよ。 話をしながら少し行くと映画館が見えて来たところで信号にひっかかった。いつもなら恨めしく思うところだが、今日は許してやろう。少し尿意を催したおれは信号が青に変わった瞬間、 「スマン、先にトイレに行ってくる」 と、ハルヒの方を向きながら走り出した。 バンッ 一瞬、何かが起こり、視界が真っ暗になった。 なんだ?何が起きた?う…全身が痛てぇ… 「キョン!キョン!」 その呼び声に再び目を開けたときには目の前にハルヒの泣き顔があり、おれは仰向けに倒れ、全身から血が流れていた。 そう、車にハネられたのだ。 「キョン!大丈夫?今救急車呼んだから!」 しかし、もう死を間近に感じていたおれは無駄であることがわかっていた。 「ハルヒ…すまねぇ…もう…無理そうだ…」 「なんでそんなこと言うの?!あたしを絶対幸せにしてくれるんじゃなかったの?!あたしを置いて死なないでよ!バカキョン!」 ハルヒはそう言いながら大粒の涙を流していた。 息絶える寸前だったおれは震える手でハルヒの手を握り、最後の一言を言うために言葉を絞り出した。 「ハルヒ…」 「な、何?」 「愛し…てる…ぞ…」 そう言っておれは意識を失った。 それからどれくらいたっただろうか…数分だったような気もするし、何年もたったような気もする。 おれは目を覚ました。そこはどうやら病院の一室のベッドの上らしかった。 なんだ?どうなってる?おれは確か車にハネられて死んだはずじゃなかったか?そう、確かにおれは死んだ。その感覚を今でも覚えいる。ならなぜおれは生きている? …わからん。とにかく今確かなことはおれが生きているってことだけだ。 何か少し体が重いと思ったらハルヒがおれの身体に頭を乗せて寝ていた。どうやら泣き寝入りをしたようで涙の跡が一筋、頬に残っている。 「…ハルヒ」 起き上がりながらそう言ってハルヒを起こした。 「…ぇ…うそ…キョン…生きてるの?…あぁ…良かった…あんたが死んだ時は…どうしようかと思ったわ…もう、あたし…」 そう言って泣きつくハルヒをおれは何も言わず抱きしめた。おれの目からも涙が溢れる。ああ…おれはまたハルヒに会えたんだ…生きているんだ…。おれ達はそのことを確かめあうように強く、しかし優しく抱きしめあっていた。 どれくらいの時間がたっただろうか…暫くハルヒとおれはそうしていた。時が永遠に止まればいいのにと強く思った。 それからハルヒはひとしきり泣き、すっかり安心したのかスースー寝息をたててまた寝てしまった。恐らくずっとおれの側にいて泣いていたんだろう…精神的疲労がたまっていたに違いない。おれはつい髪の毛を撫でた。肩にまで届くか届かないかという長さでとてもサラサラだ…よく似合っている。おれはその天使のような寝顔を見ながらこれ以上ない愛おしさを感じていた。おれにとってかけがえのない存在。そんな事を考えながら…。 その時、ハルヒが寝たのを見計らったかのように古泉と朝比奈さんと長門が入ってきた。 朝比奈さんも泣いていて、しゃくりあげながら何か言おうとしたみたいだが結局何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。 「いやあ…しかし驚きましたよ。まさかあなたが生きかえるとはね。」 おい古泉、なんでおれは生きてる?ハルヒがやったのか? 「おそらく。お気づきの通り、ここは機関の病院です。ここの医師達は世界でもトップレベル。その医師達が様々な検査の結果、あなたは確かに死んだと断言したんです。しかし今こうして生きている。これは涼宮さんが起こした奇跡、としか言いようがありませんね。もちろん、涼宮さんの能力でできることを奇跡と呼ぶならですが。」 やはりか。 「そうです、あなたは涼宮さんの力によって生きかえったんです。涼宮さんが最も必要な存在として。しかし、今回は世界が作り変えられることはなかった。本来なら考えられないことです。しかしそうなってくれなくて幸いでした。僕もあなたにまた会うことができたのですから。」 そう言って古泉はいつものスマイル顔になった。 続けて長門に聞いてみた。どのくらいの間おれは死んでいたんだ? 「あなたは7時間32分19秒前に生命活動を停止した。しかし3時間10分25秒前、涼宮ハルヒの環境情報改変能力によって再び生命活動を再開した。」 それだけ言って長門は黙り込んだ。 あれからまだ1日もたっていないのか…大変な1日だなまったく。おれも疲れを感じたので古泉達にそのことを伝え、眠りに着いた。 それから何日か入院した後、おれは何事もなかったかのように退院し、また普段通り学校に通うことになった。 今回は世界が作り変えられることがなかったが、おれが思うに…ハルヒにとって何にも替えられない存在がおれだったとしても、長門や古泉や朝比奈さんや鶴屋さん、その他いろいろを含めてこの世界全てが大切な存在になっているんじゃないだろうか。心の奥底ではそう思っていたのかもしれない…例え無意識であったとしても。 だからおれ達は元のままここにいるんじゃないだろうか。 そしてこれからも以前と同じように生きていくだろう。ただ一つ、おれとハルヒが付き合いながらという点を除いてな。 -Fin-
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前回、二学期の終了直前に起こった「消失」事件は、宇宙人長門が原因によるもので幕を閉じた。それから1年半は経ったのだが、どうやら処分は軽いもので終わったらしい。その真冬で無駄で、面白くもなんともない3日間を過ごし、挙句の果てに朝倉にまた殺されかけたりと色々厄介な事ばっかりだった。全く違う高校の制服を着たハルヒと古泉。面識のない朝比奈さんと鶴屋さん、さらには感情がある長門。俺には合わない世界だった。またそれではっきりしたのだ。ハルヒといる世界は楽しい、おもしろいと。まあこれは閉鎖空間のときと同じ感覚だな。 で、それはもう終わった事だと思っていたのだが、明日7月5日よりまたその悪夢が始まるとは夢にも思わなかった。 涼宮ハルヒの消失2 7月4日、放課後のSOS団室(文芸部室)。またハルヒに関連のあるあの日がやってこようとしていた。もちろん奴は騒ぎ出す。 「そろそろ七夕ね……」 「お前、確か去年は私有地の竹切ってきただろ」 「そうよ、だから何?」 「いや、今年はやるなよと言いたいだけだ」 「まだそんなこと言ってるの? 一本や二本くらい大丈夫だって」 というか、まだ去年の笹が残っているのだがな。枯れてしまっているが。 「では僕が用意しましょう」 古泉! 「さすが古泉君、キョンみたいに無能じゃないわ!」 悪かったな、無能で。俺は朝比奈さんの煎れたお茶を啜る。真夏の茶は熱い! いつもどおり長門は座って読書をし、ハルヒはネットしながら模索。朝比奈さんは何か編んでるし、俺と古泉はボードゲーム。 去年みたいに、朝比奈さんとタイムスリップしたりすることはなさそうだ。いや、無くて当然だ。ジョン=スミスは2回そこにいた。1回目は去年朝比奈さんとそこに行き、当時中1のハルヒと運動場に落書きしたこと。2回目は長門による世界の変革で、俺がそこに朝比奈さん(大)とタイムスリップし、ハルヒに「世界を大いに盛り上げるためのジョン=スミスをよろしく!」と言った事だ。 3回目の俺に思い当たる節は無い。おそらくハルヒもだろう。だったら俺は4年前に行く事にはならないはずだ。 「次はあなたの番ですよ」 「ああ」 俺は白を置き、黒を5枚白した。 7月5日、俺の恐れていた事が始まった。朝目覚めて気づいたのは、俺の身長が少し低くなっている事だ。Why? さらに衝撃を受けたのは、妹が幼すぎる事。母も父も若干若返ったように見える。俺は訳が判らず、朝刊の日付を見た。 「7月5日……!」 時代が4年遡っている事に気づいた。しかも肉体的若返りを遂げて。他の人間はすべてその当時の記憶ではあるが、俺の記憶だけは4年後の記憶だった。 つまり、精神年齢17才が、突如肉体年齢が13才になったということだ。慌ててクローゼットを見ても無駄、そこには北高の制服は無く、ただ中学校の制服が置かれていた。当然夏なのでカッターシャツを着るしかない。 「どうなってんだ……」 続く
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涼宮ハルヒの明日の続編です。 「……と言う小説を執筆する予定。許可を」 って、おぉい!!!ちょっと待ってくれ、長門!! なんで俺が死ななきゃならんのか、きちんと詳しく事細かに説明してくれ!! 「…物語の展開上の必然。 あなたが死んでくれた方が読者の共感を呼び易く、好都合」 俺が死んでくれた方が好都合ってドサクサに紛れて 結構、酷い事を言っちゃってますよ、長門さん…。 「…そう」 『…そう』じゃねぇ!!しかも、なんで皆の名前は若干、変わってるのに 俺だけ『キョン』のまんまなんだよ…ハルヒはハルヒで… 「ちょっとこれ、何なのよ!?有希!! 別にキョンがどうなろうとそこは構わないとして…」 いやいやいや、ハルヒ!どうでもよくはないだろ?そこは!! 「なんで私とキョンなんかがこんなちょ、ちょっと… 微妙な、変な感じの関係になっちゃってんのよ!?」 「…大丈夫。問題は無い。皆、認知しているから」 何を!? 長門は不思議そうに首を傾げている。 「…駄目?」 「駄目っ!!」 俺とハルヒ、2人同時に駄目出しを受けて却下された為だろうか、 長門が少しいじけているように見えるのは気のせいか。 長門が椅子に座る瞬間に 「…有機生命体の死の概念が理解出来ない」 と、ぽつりと呟いた台詞が耳を離れない… 怖いよ…長門、お前が言うと冗談に聞こえないから…。 そう、俺達は次の文芸部の会誌に載せる作品作りの為、 文芸部員として、冬休みを返上して『編集長・涼宮ハルヒ』のもと、 それぞれの作品の企画作りを遂行している。 例のごとく、それぞれの課題をくじ引きで決めたのだが、 今回の長門は多くは甘酸っぱさとほろ苦さをふんだんてんこ盛りに兼ね備えた 青春群像劇ものを引き当てたのだが…長門にとっては苦手なジャンルなのだろう、 何故、あんなストーリーになっちまったのかは俺には理解しかねる。 「長門さんの作品、そんなに悪いようには思えませんが…」 古泉はニヤニヤしながら俺の顔を見ている。何だよ? 「そういうお前はどうなんだ?古泉。ちったぁマシな作品は出来そうなのか?」 「えぇ、去年のあなたの恋愛小説には負けられませんからね」 そりゃ嫌みか? 「推理小説ですからね、トリックの発想次第なのですが…」 そりゃ理系のお前さんらしい実に論理的な作品になりそうだ。 朝比奈さんは受験の為、今回の企画作りには参加していないのだが、 1年前からハマっていたのか、もうすでに童話の作品を書き溜めているらしく、 「自信作を置いておきますので皆さんで読んでみて下さ~い♪」 と、机の上にアルプス山脈の如く、積み上げていった。 しかも、イラスト付きらしい。 「さすが我がSOS団のマスコットキャラ。萌えツボを心得た仕上がりだわ」 と、編集長は妙な唸り声を上げている。 その唸り声を上げている当の編集長、ハルヒは 当初の割り振りでは社会悪に迫るノンフィクション作品だったのだが、 電波なSFものになったり、悪の秘密結社と闘うヒーローものになったり、 いつも書く度に脱線していってる。ハルヒ曰く、 「これくらい飛んでる設定の方が面白いじゃない!!」 と言う意見らしい。 俺はと言うと、今年もどうやら恋愛小説を書かなければいけないみたいだ… しかし、何も思い浮かばん!!そして、眠い!! これはピンチだ…恋愛ものなんて去年でほとんど出尽くした感がある…。 それこそ、健全健康たる男子高校生が日夜、頭に浮かんでは消える 妄想をそのまま書くという手もあるが、そんな事をした日にゃ 二度とこの学校には顔を出せなくなる。 そして、恐らく学校中の女性と口を聞くどころか 相手にもしてもらえなくなるだろう。 そうなっちまったら俺の高校生活はまさに閉鎖空間だ。 その時、携帯が震えた。メールみたいだ。 From:佐々木 タイトル:無題 本文:やぁ、キョン。今夜、時間はあるかい? まぁ、キョンは頼み事を断れない性格だから きっとOKしてくれるんだろうけどさ。 場所はいつもの公園に8時だ。 もし、涼宮さんと何か用事があるのなら 僕に遠慮はしないでくれたまえ。 断ってもらっても構わないよ。 ハルヒ?別に今日はこの後、用事も無いし、まぁ佐々木だから別に良いだろ… 俺は軽くOKの返事を出した。 「ちょっとキョン!!あんた、企画もろくに出さないで 何、携帯いじってサボってんのよ!?」 編集長の怒鳴り声が耳をつんざく。 「いや、サボってる訳じゃなくてな、 今年も恋愛もので正直、何のアイデアも思い浮かばないんだよ… そんなに経験豊富という訳でもないしな」 ハルヒが俺の顔をジッと睨みつけてきている。 何をそんなにジッと見ているんだ?俺の顔に何か付いてるのか? 「本当にそうだとしたらあんた、寂しい青春送ってんのね」 放っといてくれ。 「そういうハルヒは何かアイデア浮かんだのか?」 「私はノーベル文学賞も狙えるくらいの現代社会の暗部にメスを入れた 一大スペクタクルな社会派傑作になる予定よ!!」 「予定って事はハルヒもまだ何も思い浮かんでないんだな?」 グッと唇を尖らせたハルヒの顔を見て、つい悪戯心が芽生えて、 皮肉たっぷりに溜息をついてやった。 「まぁ、編集長には期待してるよ」 「フンッ!!」 ハルヒはそっぽを向いた。 「ところでキョン、今夜、暇?」 ハルヒは腕を組んで見下ろしている。 「どうした?」 「どうしたもこうしたもないでしょ!?あんたが何も思い浮かばないって言うから 本屋にでも回って団長としてネタ探しに付き合ってあげんのよ!! 何か資料かヒントでもあったら参考になるでしょ!?」 古泉はニヤニヤと笑っている。何がおかしいんだ? 「い、いや、今夜はちょっと…」 そう断ると、その瞬間ハルヒの顔に暗い影が差した。 古泉にも強い視線を投げ掛けられた気がする。 でもな、ちょっと待ってくれ。今回はちゃんと先約があるんだ。 確かにハルヒのご機嫌を損ねると世界がとんでもない事態に巻き込まれる という事はこれまでの色々な騒動のお陰で十二分に承知しているつもりだ。 だが、それでハルヒの全てを優先する訳にはいくまい。 佐々木にも一度OKを出してやっぱダメと言うのはあまりにも身勝手な行為だ。 ハルヒを守る為に他の誰かを傷つけるというのはそれは人として違うだろう? 要は順番、順序の問題だ。 「まぁ、明日なら大丈夫だけどハルヒはどうだ?」 「あんた、自分の都合に合わせて私に命令する気!?」 ハルヒはいつも俺にそうしてるじゃないか… 「じゃあ、明日でも良いわよ!!その代わり、ろくなアイデア出ないようなら 正月返上で合宿するからね!!」 何でだよ… 結局、その日は何も思い浮かぶ事なく、長門の本日終了の合図で解散となった。 冬は陽が落ちるのが早い。 暗い坂道を4人でトボトボと歩いていた。 そういや、佐々木の用事って何なんだろうな? しばらく音沙汰なかったと思ったら突然、メール寄越したり、 また何か厄介な問題を引っ張って来るんじゃなかろうな… 古泉は俺に何か言いたげな顔をしているが…何だよ? 「では、僕らはこのへんで」 古泉と長門は去って行った。 ハルヒと2人でボーッと道を歩いている。 今日のハルヒは大人しい。 と言うか、さっきから一言も口を聞いていない。 「どうした?」 ハルヒの顔を見ようとしても日が沈んで暗いのと 髪の毛で顔が隠れていてよく見えない。 「…何が?」 「今日は随分と大人しいじゃないか?」 「うっさいわね…別に良いでしょ」 「…そうか」 気まずい沈黙が流れる。 「…私、帰る」 ハルヒはそう言うといつもと違う道を曲がっていった。 理由は分からんが多分、閉鎖空間発生なんだろうな。お疲れ、古泉…。 一度家に帰って夕飯を食べてから行こうかどうか迷う微妙な時間だった。 今日は雪で路面が凍っていたので自転車には乗ってきていない。 まぁ、飯は後で良いか。 そんな事を考えながら1人で歩くと白い息が身も心も冷やしていく。 そう言えば、1人で歩いたのって久し振りな気がする。 いつもハルヒやSOS団の誰かと一緒にいた。 SOS団の仲間と過ごした時間の濃密さを感じる。 少し早いかと思いつつ、佐々木と俺の家のちょうど中間に位置する 公園へと辿り着いた。 中学生の頃はよくここで色々な取り留めの無い話をしながら時間を潰していた。 「キョン!」 30分前だと言うのに佐々木はもう公園のベンチに座っていた。 「早いな、お前、いつからここにいたんだ?風邪引くぞ」 「くっくっ、大した時間ではないさ。僕に無用な気遣いはしないでくれたまえ」 「今日は1人か?」 あのやたらムカつく未来人や敵意むき出しの超能力者、 会話不能な幽霊みたいな宇宙人がいたらうんざりする所だ。 「おや?僕一人ではご不満かい?」 「いや、むしろお前だけの方が良い」 佐々木はニッコリと笑った。 「まるでプロポーズでも受けるみたいではないか?」 「馬鹿、からかうな」 それから佐々木と他愛の無い話をした。 別になんて事はない、お互いに期末テストはどうだっただの クリスマスはどうしただの、今日はこんな事をやってあんな事があった、 中学時代の想い出、大した話はない、 久し振りにあった旧友と昔に戻ったようなリラックスした笑い話をしていた。 ふと会話が途切れた瞬間に切り出してみた。 「今日はどうした?」 いつも強く俺を見据えて来る佐々木が珍しく俺から目を逸らした。 「さて、どうしたんだろうね、僕は」 俺達はこんな真冬の公園で禅問答をしにきたのか? 「これを気紛れとでも言うのだろうか?久し振りにキョンと話をしたくなったのさ」 「まぁ、そりゃ別に構わんが…悩みやストレスがあるなら 抱えずにどっかに出した方が精神衛生上よろしいと昔、言ってたのはお前だぞ」 「キョンは鈍感な割には時々、一周遅れで核心を突いてくるから面白い」 佐々木はサバサバしているようで意外と一人で悩みを抱えるタイプだからな… 「ところでキョンには悩みなんてものはないのかい?」 俺?俺にはそうだな…まぁ、色々とあるっちゃあるが… とりあえず目先のものとしては、 「恋愛小説のアイデアが思い浮かばない」 なんて佐々木に相談しても仕方が無いな…こいつもハルヒ同様、 『恋愛感情なんてものは精神病の一種』主義者だからな。 「くっくっ…なんだい?それは。君は時々、突拍子も無い事を言い出すから 本当にいつも予想の範疇を超えているよ」 やっぱり言うんじゃなかった…俺は日記にポエム書いてる夢見る乙女かよ。 「まぁ、聞いてくれたまえ。橘京子って覚えているかい?」 あぁ、あの佐々木の傍にいる面倒臭そうな超能力者だな。 「彼女がね、ここ最近、以前にも増して煩くってね。 涼宮さんの持つ世界を改変させる力は本来、僕が持つべきものだ、 世界をあるべき姿にしなければならないと、こう僕の耳元で急き立てるのさ」 「あぁ」 「僕としては正直、そんなものはどうでも良い瑣末な事柄と認識しているのだが、 彼女は僕のそういう姿勢や態度も含めて色々とご不満があるらしい」 ハルヒみたいな力を手に入れたらそれはそれで 周りの人間も色々と大変なんだがな…。 「そして、キョン、君にもね」 「俺?」 「橘さんにとってキョンは涼宮さん側についてる人間としての敵、そして女の敵らしい」 女の敵って…俺は女性にそんな酷い事をした覚えはないのだが… 「くっくっ、呆れているのかい?僕も驚いたがね。 キョンにはそんな女の敵だなんて言われるような記憶も自覚もないという表情だね」 当たり前だ、まともに会話もした事のないような女に あんたは女の敵だと言われてもこちらとしてはリアクションの取りようもない。 「まぁ、キョンが女性をそんな手篭めに出来るような技術と精神構造を 持ち合わせているような人間ではないと言う事は僕もよく理解しているつもりだがね」 褒められてんのか、けなされてんのか、よく分からん… 「橘さんは僕に世界を自分の思い通りに変えたくはないのかと散々、講釈してくる。 それは僕だって世界に不満が無い訳ではない。人並みの欲望はあるつもりだ。 しかし、だからと言ってそれとこれとは別の話だ。 キョンの意思に反してまで君を巻き込むのは僕の意図する所ではないからね」 俺の意思? 「その力を得る為にはキョン、君の協力も必要なんだとさ」 協力っつってもなぁ… 「だから、橘さんは僕にキョンの意思を確かめてきてくれと、こう頼んできた訳さ」 「俺の意思を確かめるってどういう意味だ?大体、佐々木。 よくそんな面倒な話に付き合ってるな、以前のお前なら考えられん」 佐々木は少し含みのある微笑を向けてきた。 「僕にも少々、興味深い事柄だったものでね」 「で、その俺の意思を確かめたら大人しくなってくれるのか?」 「どうかな?それは未確認だった」 やれやれ… 「で、その橘さんとやらはこの地球の半分を埋め尽くす全人類の 半分を占める女の敵であるこの俺に一体全体、何をして欲しいんだ?」 佐々木は微笑を崩さずにジッとこちらを見据えている。 「僕とキョンに恋仲になって欲しいんだとさ」 は??? 「まぁ、所謂、恋愛関係というやつだね。驚いたかい?」 いやいやいや…何を言い出すんだ、こいつは。 あの面倒なとんちき超能力者、佐々木に何か吹き込むにせよ、勘違いも甚だしいぞ。 「くっくっ、鳩がバズーカ砲喰らったみたいな顔をしているね」 バズーカどころか大陸間弾頭ミサイルが顔面に直撃したような威力だ… 要は俺と佐々木に、その、なんだ…付き合えって言ってる訳だろ? そんな事、これまで考えもしなかった…。 大体、そんな事になってハルヒが何と言うか……いや、ハルヒは関係ないだろ! いや、関係あるのか?やばい…混乱してきた…頭の中がパニックで暴発しそうだ… 「お前は以前、『恋愛なんて精神病だ』なんて言ってなかったか?」 「くっくっ、ねぇキョン」 「…何だ?」 「今日、涼宮さんは非常に不機嫌ではなかったかい?」 な、なんで知ってるんだ!? 「やはり正解だね」 佐々木はパズルを解いた子供のような笑顔で笑っている。 「キョンは鈍感ではあるけど、その反面、素直で誠実だからね」 佐々木は自分の鼻を人差し指で差している。 「鼻の膨らみを見ればキョンが何を考えてるのかおおよその見当は付くのさ、 しばらく付き合えばね。 キョンは嘘はつけない、ついてもすぐにバレてしまうタイプなのだよ」 そ、そうだったのか…これからは気を付けよう…。 「くっくっ、涼宮さんも苦労している事だろう。なんせ相手は鈍いを通り越して、 ただ何も考えちゃいないだけなんだからさ」 どういう意味だ?ともかく、また一つデッカい悩みが増えちまった… 「それとね…『恋愛なんて精神病』って言葉には様々な意味合いが込められているのさ」 そんな雁字搦めの糸のパズルみたいな謎解きを一気に俺に与えないでくれ… 問題は一つずつしか解決出来ない性分なんだ…。 「今日の僕からの話はまぁ、そんな所さ。あぁ、あと返事はいつでも構わないよ。 取り急ぐ問題でもないしね、じっくり考えてくれたまえ」 佐々木は立ち上がりながら俺に笑いかけている。 「あとさっきキョンが言ってた恋愛小説、僕の事でも書けば良いのではないのかい?」 そう言いながら佐々木はくるりと背を向けて灯りも暗い夜の公園を歩き出した。 佐々木を家まで送っていくまでの道すがら、結局、大した会話もなかった。 帰宅しても夕飯を食べる気力すら起きない…どうせ飯も喉を通らないだろう。 ベッドに突っ伏して佐々木の言葉を思い出していた。 あいつはいつから俺にそんな感情を抱いていたんだ? つい最近になってか?いや、中学の頃からずっとだったんだろうか? 「キョンく~ん♪」 なんだ?我が妹よ、はさみでも借りに来たのか? あと、お兄ちゃんの部屋に入る前にはちゃんとノックをしなさい! 部屋の中で何やってるか分かんないでしょうが!? トラウマになって兄妹仲が壊れちゃうかもしれないぞ!! 「キョンくん、恋煩い?」 なんでそんな一発で核心を突いてくるんだよ… 「キョンくんがご飯食べないのなんて珍しいもんね、何だったら私が相談に乗るよ♪」 小学生に恋愛相談、持ちかけてもな… 「大丈夫、ちょっと風邪気味なだけだ」 妹は首を傾げている。 「ふ~ん…やっぱり恋煩いなんだね♪」 あ、しまった…鼻か… 「パパとママには風邪って事にしといたげるよ♪高校生!」 やれやれ… そうだ。ここはとりあえず明日、誰かに相談しよう、そうしよう。 「おや?珍しいですね?それで僕に相談事とは何でしょうか?」 真っ先にこの古泉の顔しか思い浮かばなかった俺の人間関係はどうなんだろうか? 谷口は論外、国木田という手もあるが、問題は恋愛の話だけじゃないからな。 それに不本意だが、古泉は無駄にモテる、女の扱いには慣れていそうだ。 良い答えを出してくれそうな気がする。 冬休みの学校は静かで昼時と言えども誰もいない。 「昨日は大変だったのか?」 昨日のハルヒはえらい不機嫌だったからな。 「いえ、それほどではありませんでしたよ」 そうか、そりゃ良かった。 「ところで古泉…」 「色恋沙汰ですか…」 まだ何も言ってないぞ!! 「まぁ、付き合いも長くなってきましたからね、大体分かりますよ」 これも鼻か?俺の鼻は一体、どうなってるんだ? 俺は事の顛末を古泉に語った。古泉は意味ありげに頷いている。 「それは……実に複雑且つ、重大な問題ですね」 そうなんだよ…俺にとっちゃ世界中の知恵の輪を全て絡み合わせたような問題だ。 「…あなたはどうしたいんですか?」 え?俺? 「機関の人間としての僕は涼宮さんを選んでもらいたいとは思います。 勿論、同じSOS団の仲間としてもね。 しかし、あなたの友人としての僕はそこまで強制したくはありません。 あなたの想いまで無理矢理、ねじ曲げたりはしたくありませんから。 あなたがどちらを選ぶか、そう、どちらに女性としての魅力を感じるか、 問題はそこですね。 自分の想いに素直になるしかありませんし、逃げる事も出来ません。 あなた自身が答えを出すしかないでしょう」 古泉に相談料として自販機でコーヒーを奢っていると テンションの高い声が降り掛かってきた。 「おんや~!お二人さん、何やってんだい!?冬休みにまでラブラブっさね!」 変な誤解をされるような事を大声で言わないで下さい、鶴屋さん…。 「SOS団の合宿ですね♪お二人でお昼ですか~?」 あなたのそのプリティーなオーラは霜の降りた中庭も 全て溶かしてたんぽぽ咲かせちゃいますよ、朝比奈さん♪ 「それでは僕はこのへんで」 古泉は軽く会釈をして一人、部室棟へと向かっていった。 「朝比奈さんと鶴屋さんは今日はどうなさったんですか?」 「今日はクラスメイトの皆で集まって受験のお勉強してたんです♪」 鶴屋さんが俺の肩に手を掛けてきた。 「ハッハ~ン…キョン君、恋の悩みだね!」 またか!?鼻!! 「とうとう付き合う事になったのかい!?それともこれから告白!? どっちからにょろ!?告白するの!?したの!?されたの!?」 滅茶苦茶、興味本位ですね…鶴屋さん。 「やっぱりそこは男の子からですよね~♪」 いいえ、女性からでした。 そうだ、女性ならではの視点から、というのもあるな…相談してみるか。 二人に相談すると、さっきまでハイテンションとは打って変わり、 予想以上に複雑な物凄く重~い空気になった…。 何なんだ、これは一体? 「キョン君、それは酷いっさ…重過ぎるにょろ… 受験勉強に悪影響っさ…大学受験に失敗したらキョンくんのせいにょろよ?」 こんなに沈んだ鶴屋さんは初めてだ…。 「涼宮さんも佐々木さんも可哀想…キョンくんがこれまでずっと はっきりしない態度のままでいたからどちらかが傷つく事態になったんです。 2人とも純粋な想いなのに…キョンくん、最低です…」 俺も悩んでるんだが…女性の視点からすると俺の自業自得なのか? まさか朝比奈さんに最低とまで言われるとは…またちょっと泣きそうだ…。 「ともかく…もうこれは覚悟決めるしかないっさ」 「そうですね、曖昧なままだとまた同じような事が起こるでしょうし、 キョンくんの為にもならないですからね」 朝比奈さんと鶴屋さん、2人の眼光が野獣のように鋭く光っている。 「さぁ、キョンくんはどちらを選ぶにょろ…?」 「お二人のうちのどちらをキョンくんは選ぶんですか?」 あ…いや…その… 「どっち!!」 2人の叫び声が最後の審判を求めてきた。 ちゃんと答えははっきりさせますと、何とか2人の追及の逃れて、 部室に戻ると朝までは特に変わりのなかったハルヒは 昼休みを挟んで全く別人のように思いっきり俺を睨み据えて 噛み付いてきそうな勢いで座っていた。 「どうしたんだ?ハルヒ」 ハルヒは無言のまま、ダークでヘヴィーな邪悪の化身のようなオーラをまき散らしている。 何だ?俺、何かしたか?とりあえずここはあまり話し掛けない方が良さそうだが…。 「すみません…ちょっと急なバイトが入ってしまったようで」 古泉は俺をチラッと見るとそのまま部室をあとにした。 長門は淡々と小説を書いている。 ほとんど、このダークハルヒと二人っきりの空間に取り残されているようなもんだ…。 気まずい…こんな空気の中で小説を書くなんざ、とてもじゃないが無理だ… クリエイティヴなアイデアが思い浮かぶ空間とは思えない…。 その時、ハルヒがおもむろに立ち上がった。部室を出て行くようだ。 「おい、ハルヒ。どこ行くんだ?」 無神経に声を掛けた俺の失敗だった。 ハルヒは足を止め、恐ろしくドスの利いた低い声で 「…どこに行こうが私の勝手でしょうが」 と、睨みつけてきた。 メデューサに睨まれた俺はその場で石になった。 部室の扉が吹っ飛んで壊れそうな勢いで閉まった。 長門がこちらを見つめている。 「…行って」 追い掛けろって事か? 長門は無言で首を縦に振った。 追い掛けろってな…核弾頭の嵐の中に素っ裸で飛び込むようなもんだぞ…。 「…早く」 やれやれ…分かったよ…。 「おい!ハルヒ!」 ハルヒは走るのも速ければ歩くのも速い。 ハルヒの肩を掴むとようやく立ち止まってくれた。 「おい、ハルヒ。お前さっきから急にどうしたんだよ?」 「…離して」 ハルヒは振り返りもせずに答えた。 「いや、離せって、ハルヒ。いきなり理由もなく、どうしたんだ?体調でも…」 「…さっき、お昼ご飯買いに外に出た時に校門で橘さんって人と会った」 げ!? 「あの佐々木さんの知り合いでしょ?全部聞いた…」 「いや、だから、あれはだな……」 えぇ~っと…何をどこからどこまで話せば良いんだ? その時、ハルヒは肩に置いてある俺の手を取った。 殴られるか!?と、身構えると意外にもハルヒは俺の手をそっと下ろした。 「…ううん、大丈夫。キョンは何も言わなくても良いの…」 そういうハルヒの細い肩は震えていた。 「どうしちゃったんだろう?さっきから変だよね、私…。 …佐々木さんとキョンは昔からの付き合いでお互いに凄く分かり合ってるから …ひょっとして私、それが悔しいのかな?でもちょっと寂しかったり、悲しかったり… 自分でも怒りたいのか、泣きたいのか、よく分かんないの……」 ハルヒは俯いたまま、聞いた事もないような、か細い声を出している。 「…ごめんね、キョン。訳の分からない事ばかり言っちゃって」 そう言いながらハルヒは振り向き、俺にいつもの太陽のような笑顔を向けてきた。 「佐々木さんとキョンならお似合いだと思うわ! だから、あんたの勝手で好きなようにどこへなりとも行きなさい!! いつもみたいにボーッとしてたら捨てられちゃうわよ!」 ハルヒはそう言い残すとどこかへ走り去って行った… SOS団の皆で楽しい事をしている時に見せるような いつものハルヒの満面の笑みが余計に俺の心に突き刺さった――― もう答えは決まっていたのかもしれない… 自分の中ではもう分かっていた事なのに友達以上恋人未満の楽な関係に満足していた。 ハルヒに対しても…佐々木に対しても… 「やぁ、キョン」 佐々木は冬休みだからだろう、連絡するとすぐに出てきた。 駅前は師走の忙しさに賑わっている。 「ひょっとして昨日の答えかい?キョンにしては珍しく問題を解くのが早いね」 あぁ、難解極まり無い大問題だったけどな。 「まぁ、僕もあれから色々考えたのさ。他人の意見を鵜呑みにして 自らの考察を怠るのは進歩を止めると言う事に繋がるからね」 考察の結果はどんなもんが出たんだ? 「きっと僕はね、嫉妬していたのさ、涼宮さんにね」 嫉妬? 「僕の中学時代はね、キョン、君との時代だと言っても過言ではない。 それほど君とは長く濃密な時間を過ごしてきたからね」 まぁ、それは俺もそうだからな。 「しかし、その時間はあくまで過去のものにしか過ぎないのさ。 人は想い出に浸るだけでは進歩はない。常に今を生き、未来へと歩を進めなければね」 佐々木の髪が風で舞い上がる。 「キョンにとって、僕との時間が過去とするならば、現在は涼宮さんとの時間。 そして現在は必然的に未来へと繋がっている。僕との時間は未来に繋がる事はない。 だからこそ僕は涼宮さんに嫉妬したのさ。そして不本意ながらも橘さんに促され、 涼宮さんの力も含めて、キョン、君を取り戻したい、君の傍にいたいと考えた。 君と僕との時間を過去のものではなく、未来へと繋がる現在の時間として 2人で動かしたいと考えた。 それを恋愛感情と呼ぶべきかどうかは、すまない、まだ考察不足だ。 差し当たってはキョン、君の意見も伺いたい所ではあるがまずは僕の結論から。 やはり僕は君と……」 私は一人、屋上で泣いた。 もうキョンはSOS団には戻って来ないだろう…… こういう時に限って楽しかった想い出ばかりが頭をよぎる…… もうちょっとだけで良いからキョンと一緒にいたかった…… そう思うとまた涙が勝手に溢れ出てきた。 冷たい冬の風に煽られて髪は乱れた。 屋上で泣いていたのはどれくらいの時間なのだろう? キョンを忘れる時間はどれくらいの時間なのだろう? いや、きっと無理だ…どんな形であれ、彼はもう私にとって一番大切な人になっている。 決して彼を忘れる事なんて出来ない… だから、私は何があってもずっとあなたを好きで居続ける… ありがとう、キョン――― 屋上で心を落ち着かせてから部室に戻るとみくるちゃんと古泉君がいた。 うん、よしよし、有希も筆が進んでいるようね。 さっ!どんどん書きましょう!キョン一人分くらい私がどうにかするわ! 今なら物凄い閃きがガンガン湧いてきそうな気がするのよね! 天才的な文学的才能が目覚めたのかしら! 時間たっぷりまで書き上げ、いつものように有希の本を閉じる音を 終了の合図に本日解散!! さっ!今日はもう暗いから皆で帰りましょう! 「あんた、ここで何やってんのよ!?なんでこんな所にいんのよ!?」 入り口の前で立ち尽くしている俺を見たハルヒは埴輪のような顔をして 呆気に取られ驚いていたかと思うと今度は俺に向かって叫んでいる…鼓膜破けるわ… 「何って?会誌に載せる小説の企画を考えなきゃならんだろ?」 ハルヒは顔を歪めて怒鳴り散らしてきた。 「そういう事聞いてんじゃないわよ!? なんであんたがここにいんのかって聞いてんの!?」 あぁ~…もうだからそんな大声出さんでも聞こえてるって…。 「ハルヒがさっき言ったんだろ?勝手にどこへなりとも俺の好きな所へ行けって。 だからここにいるんだよ」 ハルヒは笑ってるのか怒ってるのか顔を歪めているが、 奥の長門といつの間にか部室にいる朝比奈さんと古泉はしたり顔でこちらを見ている。 「佐々木さんは!?」 「あぁ~…佐々木とはどんな形であれ他人に無理強いさせられるような 関係じゃないからな、断ってきた。 と言うか正確には断ろうとして呼び出したんだがな、向こうから 『やはり僕は君とだけはこんな無理強いするような形での関係はごめんだ』と断られた。 告白されて答えも伝えないうちにフラれるなんて、きっとこれはトラウマになるぞ…」 ハルヒはジーッと俺の顔を睨んでいたかと思うと納得したように頷いている。 「どうやら嘘はついていないようね…」 また鼻か…ハルヒまで分かってるとは…一度、俺の鼻がどうなってるのか誰かに聞こう… 「さっ!ハルヒ、行くぞ。」 俺はハルヒの手を取った。ハルヒはびっくりしながらも嬉しそうに笑っている。 「い、行くってどこへ!?」 おいおい、もう忘れたのかよ…。 「昨日、約束しただろ?放課後、一緒に恋愛小説のネタを探しに行こうって!!」 お前とならもっと面白い小説の続きが書けそうだよ―――― The End
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Ⅰ ドカドカドカ、と鈍器で頭でも殴られたんじゃないかと疑問に思ってしまうような擬音と共に分厚い本を目の前に置かれてから2日経った頃、俺は早くも心に土嚢でも負ったかのように挫折しかけていた。1週間でノルマ5冊。これは読書が好きな人でも結構キツいんじゃなかろうか。 「よりによって哲学‥‥」 俺はいよいよブラック企業に務めたかのような感覚に押し入られてしまった。 ハルヒ曰く、 「SOS団たる者、多少の本を読んで常に知的な人材である必要があるのよ!」 「本を読んでいるイコール頭良いなんていう安直な考えは止めた方がいいぞハルヒ」 「皆、異論はある? あるなら読書大会が終わった後原稿用紙10枚分みっちり書いてきたなら、見てやらないことはないわよ」 俺の言葉は遠回しすぎたのか、異論としては認められなかった。いや、仮にボウリング玉がピンと接触するぐらいの近さでの言葉を言ったってハルヒの奴は耳をきっと傾けない。要するに知的云々は置いといて、長門のように本が読みたかったのだろう。ただ自分1人で読むのは嫌だから、SOS団を巻き込んだわけだ。長門はなんとなく嬉しそうに見えた気がするが。 そして、まさかの分野別である。何でもかんでも5冊読めばいいとなると、俺は市立図書館にある絵本やら雑誌やらで済ましてしまうとハルヒは先に睨んだようだ。どうしてそんなことばかりに気がついて宇宙人や超能力者は未来人に気づかないのか。全くもって不服だ。 「さあ、1本引くのよ!」 SOS団の市内探索の時のように、ハルヒはどこからか爪楊枝を取り出し、俺達に1本ずつ引かせた。爪楊枝な先には文字が書いてあったが、‥‥というよりなんて器用な奴だ‥‥はさておき、字を書いたのはご立派だがハルヒ、 「なんて書いてあるんだ、これ」 「おや、僕はエッセイですか」 「あ、‥‥私は小説のようです」 「‥‥‥‥‥」 「何よ、キョン。あんたまさか日本語を読めないわけ?」 いや、というより他の奴らの視力が可笑しいんじゃないか。油性のインクが滲んでて全く読めない。何故に爪楊枝に書いたんだハルヒ。 「貸しなさいよ、もう! 哲学って書いてあるじゃないの」 お前それ適当に言ってないだろうな。 「あたしが医学だから、有希は科学ね。じゃあ各自1週間の内に5冊読むこと。いいわね!ちゃんと感想文書くのよ。凄かった、の一言で終わるものなら、‥‥‥」 「‥‥‥終わるものなら?」 ニヤリ、と笑ったハルヒの顔に俺は初めて背中にゾクゾクとする恐怖を感じた。駄目だこいつ。罰金以上の何かえげつないことをするに違いない。私達が笑うまで一発芸よ、かもしれない。 そして、そんなこんなで現在に至るわけだ。医学に当たらなかっただけマシと言えるが、にしても哲学‥‥。俺はページを捲るも、圧倒的文字数と量、その威圧感に早くも今日の夕飯が口や鼻のような穴という穴から出そうになった。これはまずい‥‥。 異変でもないので長門に頼むわけにはいかず、かといって本をほったらかしにするわけにもいかない。 「勘弁してくれ‥‥‥」 ついつい独り言が出てしまうが、こればっかりは本当に参った。まるで身を隠す草原もなければ助けてくれる仲間もいない、数えきれないライオンに囲まれたシマウマのような心境だ。 俺はトイレ休憩風呂タイム挟む2時間の中で本と向き合ったが、進んだのは5ページほどだった。 ‥‥なんか変だな、と思ったのは朝登校してから数分経った後だ。いつもならハルヒがぎゃあぎゃあと耳もとで叫び、ハイテンションで 「キョン、読書はちゃんと進んでるでしょうね!?」 と聞いてきそうなものだが、今回は何も言ってこない。どうしたもんかと後ろを振り向くと、窓の外をボケーと見つめる、いかにも日向ぼっこをするお爺さんのような光景が見てとれた。いや、ハルヒの場合ならお婆さんか。 「どうした。本を読みすぎて夜更かしでもしたか?」 「‥‥‥うるさいわね」 どうやら虫の居所が悪いらしい。俺はそうですかと曖昧な返事をしておいて、大人しく前を向いておくことにした。久しぶりに機関が働くかもしれない時に、あまり刺激しておかない方がいいと思ったのだ。言っておくが、古泉のことではない。新川さんや森さん、多丸さんに夏にお世話になったから、そう思っただけのことだ。 しかし気になることがある。 目の下にクマを作ってる奴が、どうして今寝ない? ハルヒは授業中お構いなしに昼寝してることなんてしょっちゅうだし、それで教師に起こされて俺にやつ当たりするのだからほとほと迷惑をしている。しかしどうだろうか。そのハルヒが眠いのを我慢して窓の外を見ているのだ。何か面白いものがあるのかと俺も見たが、そこにはいつもと変わらない空と風景があるだけだった。 「‥‥‥変ですね。閉鎖空間は発生しておりませんし、涼宮さんともあろう方が自分の体の健康管理を出来ていないなんて。それなら僕達機関の方に何かしら報告されているはずですが‥」 「あのな、ハルヒだって女子高生なんだろ。夜更かしの1つや2つ、ましてや今は本を読んでるんだ。読んでて時間をつい忘れちゃったーなんてこと、あってもおかしくないんじゃないか」 「涼宮さんが小説を読んでいるのならまだ分かりますが、医学です。体にどのようなことをしたら害が出るかが乗っている本で、それはないと思います。第一イライラしたのなら僕達が真っ先に分かるはずなんです。夢の内容によってでさえ閉鎖空間を出す彼女ですから」 「…つまり、ハルヒは正常なのか?」 「健康そのもの、のはずです」 驚いたことに。 放課後にはきっといないだろうと踏んだのにもかかわらず、笑顔を誰かれ構わず振り撒く詐欺師のような高校生は独りで詰め将棋ならぬ詰めチェスをやっていた。閉鎖空間はどうした、と聞けば 「なんのことでしょう?」 と聞き返してきたのだ。きっとハルヒの鬱憤に付き合わされているに違いないと思ったのに、見当違いにもハルヒは健康そのものだという。しかしどの角度から見たって、ハルヒの目の下にはクマがある。 「真後ろから見たら頭しか見えませんよ」 黙れ古泉。そういう意味で言ったんじゃない。 ともかく、俺はまた何か嫌な予感がしてたまらなくなった。次はなんだ。巨大カマドウマの後なんだから秋らしくコオロギか? 「大丈夫ですよ。前にも言いましたが、此処は力が攻めぎ合いとっくに異空間化していますから。害のある者は立ち入れません」 「‥‥‥異空間の真っ只中にいるとは信じられない光景なんだがな」 肝心のハルヒはどこかへ行っているらしく、朝比奈さんは今日はメイド姿のまま小説に没頭、長門はいつも通り窓際の椅子に腰かけて読書。古泉はチェス盤を片付けはじめ、将棋盤の準備をする。はさみ将棋を俺とするようだ。 「古泉、お前本の方はどうだ?」 古泉はふう、とわざとらしく溜め息をつきながら 「それがまだ2冊目に入ったばかりで」 なんて嫌味を言いやがった。俺と代われ、俺と。 「そうはいきませんよ。涼宮さんは、貴方に哲学を読んで欲しいから貴方は哲学と書いてある爪楊枝を取ったのです。それを僕と代わってしまったら、それこそ閉鎖空間発生の種ですよ」 「サルトル、ソクラテス、カント‥‥キリストの教えなんてなんの役に立つ? なんで俺と一番無縁な哲学を持ってきたんだ、ハルヒは」 「貴方がノーと言えない日本人だからですよ」 イエスだけにか、と突っ込むと思ったら大間違いだぞ古泉。お前はどや顔をしているが、ちっとも上手くない。 「‥‥‥ハルヒは」 「お待たせぇー‥」 俺が古泉に口を開きかけた時、ドアがゆっくりと開いてハルヒが入ってきた。先日までの元気は宇宙の果てでさ迷っているのか、目にしたハルヒはやはりどことなく弱っていた。 古泉の目つきが少しだけ変わる。 「‥‥あっ、お茶を用意しますね」 ハルヒの存在に気付いた朝比奈さんは、可憐な姿のまま急須の元へ。ハルヒは何も言わず、ただ1冊の分厚い本を抱えてパソコンの前に座った。 長門も少し顔を上げて、ハルヒの状態を観察‥‥いや、分析しているようだ。ハルヒはそれに気付かず、パソコンの電源もつけずに本をパラパラと捲った。 「‥‥ハルヒ、朝から元気ないじゃないか。まさか2日間かけて4冊読んだときじゃないだろうな」 「うるさいわね‥‥アンタはちゃんと読んでるの? 感想文出さなかったら、死刑だからね」 感想文を出さなかったら死刑という法律が出来れば、日本人の9割は恐らく日本海に沈められるだろう‥‥‥じゃなくて。 人がせっかく心配したのにこの態度だ。俺がハルヒを心配するなんてまずないことなんだがな。その物珍しい出来事を自ら蹴り飛ばすとはね。わかった、もう心配しねーよ。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 「涼宮さん、お茶です」 「ありがとう、みくるちゃん」 ズズズとハルヒがお茶をすする音以外何も存在しないかのように思える空間。古泉は何故だかマジな表情でハルヒを見ているし、長門も相変わらずだ。 朝比奈さんは古泉と長門の様子に戸惑っているらしい。そんな朝比奈さんの姿はとっても可愛い。が、いつまでも見ているのも失礼だ。 古泉は何事もなかったかのように盤上をいじりだし、俺もようやく朝比奈さんから目を離してはさみ将棋をし始めた。 後でまた4人で集まるのだろうかと思考しながら古泉を7連敗させた後、長門のパタンと本を閉じる音でSOS団の活動は終わった。これではまるで文芸部だ、っとまだここは文芸部室だったな。 帰り道にそっと古泉に今日集まるのかどうかを聞いたが、 「もう1日様子を見ましょう。長門さんも何も言わないことですし」 と、どうやら何も面倒事なく今日1日は無事終了するようだ。しかし俺は家で積んである哲学書5冊の事を思い出し、平穏な日常などまずこの1週間の内はあり得ないなと頭を悩ませることになったのは言うまでもない。 そして結局本を1ページも読まずに登校した翌日、ハルヒの体調はさらに悪化していた。クマは濃くなり、明らかに一睡もしてないのが目に見えて分かる。 「ハルヒ、本に夢中になるのも良いけどな、それで体壊したらアホみたいだぞ。知的な人材を揃えるためにやってるんじゃなかったのか?」 「‥‥‥‥」 昨日の不機嫌な反応より、 「うっさいわねバカキョン! あんたにそんなことを言われる筋合いないわよこのエロキョン!!」 とでも言ってくるものかと思っていたら、まさかのダンマリだ。これはいよいよ本当に不味いような気がしてきた。 あのハルヒがこんなに萎れてるとは、リアルインディペンデンス・デイが勃発するくらい信じられないことだ。ここには宇宙人もいるし、ハルヒの感情次第で世界が滅びるやら何やら言われているがもちろんそういう意味じゃない。サイコロが10連続1が出るような確率のようなもんだということだ。 「涼宮さんがそう望めば、サイコロで連続1が出ることも可能ですよ」 と古泉なら言いそうだ。 「ねえ、キョン‥‥‥」 返事を返さないもんだからまた無視されたものかと見なしていたら、ハルヒは窓の外を昨日と同じように頬杖つきながら目を向けていた。一体どうしたというんだ。 「なんだ」 「‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?」 あれはお前が勝手に話したんだがな‥‥ってちょっと待て。お前が読んでたのは哲学じゃなくて医学の本だったろ。なんでそんな断食など意味がないと気づいてしまった、悟りの領域を越したムハンマドみたいなことを言いだすんだ。 「人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥」 何を言い出すんだハルヒ。 「そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥」 「一体なんの本を読んだのかまるで分からないがな、ハルヒ。今日はもう寝ろ。俺が許す」 「‥‥‥‥‥」 睡眠不足のせいか、しっかりと思考が働いてないようであるハルヒは、またもやせっかくの俺の気配りを無下にした。確かに俺に昼寝を許可出来るなんていう夢のような権限はないけどな。 そしてこの日もハルヒは、午前午後の授業をボーと過ごした。 「涼宮さんがそうまでして寝ないのは、一体何故なんでしょう‥‥」 朝比奈さんがそう呟いて答える者が誰1人いない部室内で、古泉はお手上げとばかりわざとらしく両手を上げて 「長門さんの方はどうです? 情報統合思念体は、何か言っておられますか?」 と、やはりこいつも最後の頼みの綱にかける他なかったようだ。しかしその長門でさえも 「情報総合思念体からは何も報告を受けていない。でも私から推察するに、涼宮ハルヒは本来年齢約15~18歳までに必要とされている最低睡眠量の内、14時間22分17秒が不足している。原因は彼女が読んでいる医学本‘人格と精神’の熟読。でも、何故彼女が睡眠を一定以上の我慢を強いているかは不明」 と、古泉のようにスタイリッシュアクションで示さないものの、どうやらダメらしい。 「なんでハルヒはそんな本に夢中なんだ?」 「5日前の午後7時02分から放送した‘精神の病’のプログラムの中にあった、多重人格についての内容がさらに詳しく現在彼女が読んでいる本に記載しているというのが、最も考えられる動機。でも彼女が何故異常なまでにそれに固執するのかまでが、不明」 「‥‥そりゃ、なんでだ」 「彼女の記憶をこれ以上読もうとすると、彼女の意思とは関係ないプロテクトが自動的に展開される。根本的な理由というものがその先にある。でも私の今のクッキング能力ではここまでが限界。これ以上は涼宮ハルヒの精神になんらかの異常を脅かす危険性がある。だから私にはこれ以上のことは不明」 つまりだ。2度目だが長門にも無理だということだ。 となれば話は1つだ。 「ハルヒ、なんでそんな本にえらくこだわるんだ?」 「‥‥‥‥‥」 ハルヒ本人が弱々しい状態でなんとかやっと来てから、作戦1として、完璧なおかつ完全、本人に直接聞くという方法が我がSOS団団員その1、2、3、副団長で決定されて実行されたが、あえなく敗退した。どうやらハルヒがこの本‘人格と精神’を読み続ける理由は、応募者100名様限定超プレミアム完全真空パックの切り取り線つき袋閉じ、なくらい秘密らしい。しかしそんなハルヒも、この本と格闘するのが疲れたのか、はたまた単なる睡眠不足なのか、キーボードに突っ伏す形で寝息を立てて寝始めた。また下校時刻まで時間はあるし、暫く寝かせておくのもいいだろう。 その間に 「長門、その本に何が書かれてるのか読んでみてくれないか」 「了解」 ハルヒの顔のすぐ隣にある‘人格と精神’を長門がパッと取ると、世界速読王でさえびっくりするような、新幹線のぞみ級の速さで長門はページを捲っていった。いつも読んでる速度はなんなんだ一体。本を読む速さをさらに鍛えるためにかなりの制限をつけているとしか思えん。 「‥‥‥‥‥」 長門は静かに、元あったように本をハルヒの隣に置いた。結局、ハルヒを虜にするような内容とはなんだったのか。 「この本に、涼宮ハルヒに過度な依存をさせる内容はない」 「なんだと」 「念のため、人体寄生タイプのウイルスが仕組まれているかを確認した。でもそのような物が仕組まれた跡も発動した形跡もない」 そりゃそんな寄生虫みたいなものが図書館の本にあったら大変なことだろう。しかし、どうしようか。これでまた謎が深まってしまった。 「ちょっと失礼します」 古泉がガタリとパイプ椅子から立ち上がり、微笑みフェイスのままハルヒの方へて歩み寄り、その本へと手を差し伸ばした。やめとけ、俺はまだ見てもいないがお前じゃ出来ないと思うぞ。 「もしかしたら、ですけれど‥‥‥」 パラパラと捲り、斜め読みをしていく超能力者は、大体半分辺りまでいった辺りで長門の方へと振り向いた。 「長門さん、この本に暗号が混ざっているという可能性はないでしょうか?」Ⅰ 暗号? 「よくあること、というわけではないのですが、こういった本の作者が茶目っ気を入れ混ぜて、暗号を隠しているということです。つまり、涼宮さんはどうやってかこの本に暗号があることを知り、それを解くために夜更かしをしているわけです。寝たら負ける、というルールのもとで」 なんだその訳の分からん推理は。確かによくサウナとかで、一番最後まで出ないなんていった特に景品がもらえるわけでもない独り我慢大会を起こしている人がいるが、それとこれを結びつけるのはさすがに無理があるぞ古泉。第一今回不思議がっているのは、こんなに睡眠不足でイライラが貯まっているはずなのに閉鎖空間が出ないってとこにあるんじゃないのか。暗号解けなかったら余計イライラが貯まって、大規模な閉鎖空間が発生するんじゃないのか? 「それもそうですね。でしゃばって申し訳ない」 そうだ、古泉。お前はもう出てこなくていいぞ。 「涼宮さん、このままだと風邪ひいちゃいますね‥‥」 そう言いながら、朝比奈さんはコスプレ衣装のとこから上着のようなものを取り出し、ハルヒの背中にかけてやった。朝比奈さんのこんな姿を見たら、マザーテレサ、更には天使でさえ感涙するだろう。 「朝比奈さんは、どう思いますか?」 「‥‥‥涼宮さんの身近に、誰かそういった症状を抱えておられる方がいるんじゃないんでしょうか?」 「ハルヒの周りに、ですか?」 「はい」 朝比奈さんは、今頃ノンレム睡眠に入っているだろうハルヒを見てから、優しく微笑んだ。 「涼宮さん、優しいですから」 そりゃ貴方のことですよ、朝比奈さん。 「確かに、涼宮さんともなると、一度決めたことは意地でもやり通すのもプロ級ですからね。身近にいる生徒‥‥あるいは近所の子供か、涼宮さんがどうしても助けたいと思える人がすぐそばにいるのなら、そして尚且つかかっている病気が精神病ならば、この一連の行動に説明がある程度つきます。しかしですね」 朝比奈さんの言いたいことはもちろんわかる、が癪なことに古泉の言わんとすることも分かる。 「それならば、読書大会なるものを開かずに、自分で勝手に読み始めてしまう可能性の方が高いと言えます」 「涼宮さんが、読書大会を決めた後にそのような人がいたと気づいたとは、考えられませんか?」 「涼宮さんがこの本に興味を持ったのは、5日前に見たテレビが原因でしたよね、長門さん?」 「そう」 「となれば、彼女はテレビで多重人格というものに興味を持ち、そして読書大会を開き、たまたま自分が読みたかった医学の本が回ってきた‥‥‥そしてタイミングを見計らったようにそういった病を持つ人が現れた。これはつまり、涼宮さんがそれを望んだということになります」 ハルヒには願望を実現させる能力があるらしい。だから今古泉が言ったように、自分がその症状を解決、または分析したいがために今の状況を作り出したということになってしまう。偶然、の一言で片づけてしまうならばそれまでだが、それは少し考えにくい。 つまり、ハルヒは私利私欲のために誰かが病気になることを望んだということになる。いくらハルヒが無自覚の能力とはいえ、さすがにそんなことを願ったりはしないだろう。そうだろ。ハルヒ? 「だがな、古泉。ハルヒの能力関係なしに、本当にそういった偶然があるかもしれない。その線を探る必要もあるんじゃないのか?」 「もちろんです。機関の方に、最近涼宮さんと接触した者の中で、そういった心の病を抱えておられる方がいるかどうかを当たってくれるように申請しておきます。それと、どうして閉鎖空間が発生しないのか‥もね」 そこまで話したところでハルヒがうーんと唸りながら寝返りをうったので、この話はお開きとなった。しかし、長門でさえ原員不明とはな‥‥‥。 だがさっきまで信じられないスピードで本を捲っていたのに、今はまたいつものスピードでペラペラと本を読んでいる宇宙人も、冷めてしまったお茶をまた温めている未来人も、珍しくボード盤を開かずに誰かのエッセイを読んでいる超能力者、そしてこの俺も。今までやっていた隠れミーティングが無駄だったんじゃないかと思うのは、ハルヒが下校時刻5分前に起きてからだった。 「あっー!!もうこんな時間じゃないのよ! どうして誰も起こしてくれないのっ!」 起きてから第一声がこれだ。だが、さっきに比べて随分元気そうに見える。それを見計らったかのように長門は本をパタンと閉じ、帰り支度をし始めた。俺は結局、この時間の間、宿題をして時間を過ごした結果となったわけだ。哲学書は家にあるしな。 「もう! 次からはちゃんと起こしなさいよキョン。ふぁあ‥‥‥あー、でもよく寝たわ」 背伸びを存分にしてから、ハルヒも‘人格と精神’を鞄の中にしまい、鍵を持って部屋を出た。どうせその鍵は俺が返すはめになるんだろうがな。 と、思った矢先だ。 「あたし、鍵返してくるから皆先帰ってていいわよ」 信じられない発言がハルヒの口から飛び出したことを俺は確認した。睡眠をし終えたばかりで気分が絶好調なのか、あるいはまだ寝ぼけているのかどうかを疑うような状態じゃないか。ハルヒ、お前家に帰ってからもっかい寝た方がいいぞ。 ‥‥‥と言うわけもなく、俺はハルヒの好意に甘えることにした。自ら面倒くさいことを進んでやるハルヒなんて、珍しいことこの上ないからな。 「では、お先に失礼します」 「あ‥‥あたし待ちますよ」 「いいのみくるちゃん。ちょっと用事もあるしね。先行ってて。すぐ追いつくから」 ハルヒがこう言ってるんだ。朝比奈さん、先に行きましょう。 「で‥‥でも」 朝比奈さんがそう戸惑っている間に、ハルヒは駆けてくように職員室へと向かって行った。ここに置いてある鞄はどうやら俺が運ぶはめになるらしい。 「‥‥‥‥‥」 「どうした長門。科学の本をまだ5冊読み終えてないのか?」 長門の沈黙具合がいつもと違ったように感じたので、そう声かけてみたが 「今25冊目」 と、1日8冊読んでもそんなにも読めないペースで読んでいるらしいということだけが分かった。長門の無機質な声にも最近変化が感じとれるようになってきたと感じた俺だったが、しかし今の返答を見るとまだまだ俺は長門の心情をちゃんと察しているわけではないんだなと改めて分かる。長門は苦労しても顔に出さないから、知らず知らずの内に負担をかけてないといいが‥‥‥。 朝比奈さん、古泉や長門とも別れ、それでもハルヒが来ないので、俺は踏切前で重い鞄を持ちながら待つことにした。ハルヒの奴、いつもこんな重い鞄持ってるのか。ここ最近たまたま‘人格と精神’が入っているせいかもしれないが、にしてもこんな鞄を持ってよくあんな細い腕でいられるな。草野球の時だって、あいつだけは長門の力を借りずにパコンパコンとヒット打ってたしな。どこからそんな力を蓄えているのやら‥‥。 そんなことを暗くなっていく空を眺めながらボーっと考えていると、ようやくにしてハルヒが姿を現した。一体何の用事だったんだ。 「貸しなさいよ」 鞄を俺からひったくり、そのまま何事もなかったようにハルヒは帰っていく。お前、そこはありがとうだろ。 「なーんてね、ウソウソ。」 ハルヒは振り返りながら俺の顔を直視し、 「ありがと、キョン」 と言って走り去って行った。 ‥‥‥‥‥。 「えっ?」 ハルヒの睡眠不足がもうすでに精神を相当脅かしているんじゃないかと疑ったのは、まさにこの瞬間だった。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅱへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3064.html
突然ですが、ここで問題です。 複数の組織から「進化の可能性」、「時間の歪み」、「神」などと呼ばれ、しかし自分は「団長」だと信じてやまないのは誰でしょうか? …………………………………………。 はい、答えは「涼宮ハルヒ」です。画面の前のみんなは、わかったかな? なーんて紹介の仕方をしてみたが、この涼宮ハルヒ、大学生になった現在も全快ブッチギリである。 何が全快ブッチギリかと言えば、もうお分かりだろう。SOS団の活動、および日頃の傍若無人っぷりだ。 高校卒業から大学進学、それから2年への進級と色々やらかしてくれたりしたがここはごっそりと割愛しよう。きりがないからな。 まあ紆余曲折あって現在もあの閉鎖空間を発生させたりなんやりする能力は健在な訳で、 それを監視する立場の朝比奈さんや長門、古泉も毎度の騒動に巻き込まれ続けている。 誰が望んだのか俺とハルヒと長門と古泉は揃いも揃って同じ大学に入学。まあこうなるにも色々とあったが割愛だ。 朝比奈さんはどこかの会社に就職したことになっているが、どこで働いているのかを尋ねると、 「禁則事項です」 の一点張り。その麗しい唇は硬く閉ざされている。 して、今回はクリスマスの特別イベントとしてハルヒが「SOS団クリスマス大かくれんぼ大会」なんてものを企画したがために これまた厄介な出来事に、鶴屋さんや妹も含めて巻き込まれていく訳だ。 いい加減、普通のクリスマスを過ごしてみたいもんだぜ……。 さて、季節は誰がなんと言おうと冬。 今年ももう来年へ渡す襷を肩から外し、ひっしとその手に握って中継所へとラストスパートかけている頃だ。 何事もなくその襷リレーが行われればよかったのに、涼宮ハルヒはそれを許さなかった。 昨日、ハルヒから、 「明日朝8時に駅前に集合ね。泊まりの準備もしといて。遅れたら承知しないから」 との電話がかかって来た。今日は12月24日。ご存知のとおり、クリスマスイヴである。 まあ、SOS団がクリスマスに何かしでかさなかったことなど一度もないし、今年も覚悟はしていたがこういう連絡はもっと早い段階でしてもらいたいもんだ。 とは言え、俺は事前にハルヒから連絡が来ることを知っていた。ソースは、現在何故か俺の隣の部屋に住む鶴屋さんだ。 なんでも鶴屋さんの実家が所有している別荘を使えるように古泉から要請があったらしい。 「一樹くんからは何するかとかは聞いてないけどさっ。ハルにゃんのことだから楽しいことになるんじゃないかなっ」 と鶴屋さんは笑っていたが、俺からすればそんなウキウキ気分なんかには全くなれず、 どうせ起こるだろう突拍子もない事件に思いを馳せれば、ツーメランコリーな気分になる。 鶴屋さんもわざわざ別荘を提供しなくてもいいんですよ? ここ最近は俺の部屋に居候中の、やけに早起きな妹によって6時前の起床を余儀なくされていた。 だからハルヒの設定した集合時間の8時には楽勝で間に合い、ちんけな罰ゲームを受けるにいたるはずはなかった。 なかったはずだったんだ…………。 朝、目を開けると外はすっかり明るくなっていた。 妹より先に起きちまったか。 そう思って時計を見た瞬間、俺の背筋は液体窒素にぶち込まれたバラの花の如く凍りついた。 枕もとの時計の長針は6を、短針は7と8の間を指していた。 俺が約20年の人生で得てきた知識をフル動員するとそれは7時30分を表している。 どう考えても遅刻です本当にあり(ry などと誰に向けているのかよく分からない感謝などしている場合じゃない。 安らかな顔で眠る妹を叩き起こして驚くべきスピードで準備し、家を出た。 あの遅刻しそうなときの人間の行動の速さはなんだろうね。 まあそんなことはどうでもいい。早くいつもの駅前に行かなければ。 妹を愛チャリの後ろに乗せ、冬なのに汗ばむほどのスピードで駅に向かった。あの時の俺は風と1つになっていたと言っても過言ではないね。 そこから図ったようなタイミングで駅を出た電車に飛び乗り、車内で簡単な朝食をとった。 駅に着いて電車を降りるとオリンピック選手顔負けのスタートダッシュで改札をくぐり、いつもの集合場所に向かう。 やはりというかなんというか、ハルヒたちSOS団メンバーと鶴屋さんはすでにそこにいた。 「遅い!18秒の遅刻よ!」 ハルヒは息も絶え絶えの俺たち兄妹の前で腕組みで仁王立ちしている。 「当然、然るべき罰を受けてもらうわ。ていうか、何で妹ちゃんまでいるの?来るなんて聞いてないわよ」 俺が言う前にお前が電話を切ったんだろうが。お前はいつもそうだ。 「まあいいわ、一人くらい増えたって大丈夫でしょ。ね、古泉くん?」 「ええ、おそらく問題ないかと。どうです?鶴屋さん」 「うん、めがっさ余裕だよっ。あそこはけっこう広いからねっ」 鶴屋さんのけっこうと、一般的なけっこうの定義にはかなりの相違があるので、今回の別荘もかなりでかいんだろうな。 と、言うことでつつがなく妹の参加が決定し、SOS団+αは電車に乗って一路北に向かった。 乗車の直前に罰としてこれでもかと菓子とジュース類を買わされた。 親父からの少し早いお年玉があったから、問題なかったけどな。 電車内ではハルヒを中心に古泉が持ってきたトランプやらUNOやら麻雀やらなんやらで馬鹿騒ぎし、 電車が別荘の最寄り駅に着いた頃にはメンバー一同妙な疲労感を感じていた。けっこうな長旅だったしな。 駅から出ると、これも毎度おなじみとなった新川執事と森園生メイドが待っていてくれた。 「お久しぶりです。また会ってしまいましたね」 「いえ、我々も最近、涼宮様に振り回されるのもそう悪くないと感じてまいりました」 新川さんはハルヒには聞こえないくらいの声でそうおっしゃり、小さく笑った。 森さんも肯定するかのように笑んでいる。この人たちとあったのは5年前か。 ことあるごとに召集されて、いつも本当にご苦労なことだ。心から労いの言葉を捧げたい。 その後、俺たち一行は新川さんの運転する小型バスに乗って別荘へと出発した。 バスの座席は一般的な2席セットのものがズラッと2列並んでいるのではなく、 テレビでたまに見るような、こうグルッとソファのような座席があるやつになっていた。 「キョンくん、今日はごめんね。あたしが寝坊しちゃったから……」 「かまわんさ。お前に頼りきっていた俺にも非がある」 「ううん、私のせ「まったくね。あんたもそろそろちゃんと遅れないようにしなさいよ。本当にSOS団員としての自覚が足りないわね」 おそらく、私のせいだから、と言おうとしていた妹をハルヒが遮ってきた。 お前、もう少し空気を読め。そんなんじゃ某巨大掲示板で「ゆとり乙」とか叩かれるぞ。気をつけろよ? 「そんなことよりハルヒ、そろそろ何をしでかそうとしてるか教えてくれてもいいんじゃないか?」 「秘密よ、秘密。こういうことはギリギリまで知らされてないほうが面白いでしょ?」 いいや、面白くないね。そうやって自分の物差しを他人に押し付けるのは良くないことだぞ。 「とにかく、今日は思いっきりスキーして遊ぶわよ」 どうやら今向かっている別荘はいつぞやの別荘同様にスキー場に隣接しているらしい。すさまじい財力だな、恐るべし鶴屋家。 そう言えばもう1つ、確認しておきたいことがある。古泉に尋ねてみる。 「なあ、また吹雪に巻き込まれて……なんだ、クローズドサークルとかになったりしないよな?」 「それはおそらくないでしょう。今回涼宮さんは事件を望んでいる訳ではありません。もっと明確な目的が今の彼女にはありますからね。 彼女にとってクローズドサークルなど邪魔になるだけです。天気も今日、明日と晴れの予報が出ていますしね。 まあ、あの予報士の予報なのでその精度にはいささかの不安がありますが」 そうかい、それならかまわん。不安要素が1つ減った。 「到着でございます」 バスが止まり、新川さんの渋い声が車内に響く。 「荷物は我々が先に別荘に運んでおきますので、皆さんはここでお降りになってください」 森さんの好意に甘え、俺たちはバスを降りた。 まあ、好意ってたってそれが森さんの仕事ってことになってるんだから当然っちゃあ当然な訳だが。 「では、定時にお迎えにあがります」 「お気をつけて」 新川さんと森さんの乗ったバスを見送り、俺たちはゲレンデに向かう。 いやはや、まさかこんな景色が見られるとは思わなかった。 ゲレンデからは麓の街並みや遠くの山々が一望でき、冬の澄んだ空気の助けも借りて壮観の極みを体現していた。 「さぁ、滑るわよ!競争よ、競争!」 ハルヒにはそんなもの関係ないようだが。 スキーウェアなんかは既に用意されており、各自がそれぞれの体のサイズにあったもの着込んだ。 驚きだったのは妹の分もしっかり用意されていたことだ。 「鶴屋さんから妹さんが居候しているという情報は得ていたので用意しておきました。 きっと妹さんも参加されると思ったので」 うむ、今回ばかりはgjだ、古泉。何故に妹のサイズを知っていたかに関しては、特別に黙認してやる。 今回、俺はスキーではなくスノーボードに挑戦することにした。 スキーはそれなりに出来るがスノボは初体験だ。スノボにおけるロストヴァージンだな。 ………………すまん、今のは妄言だ。忘れてくれ。 とにかく、俺はなかなかの苦戦を強いられた。 見かねたのかは知らんが、順調にスキーを滑り倒していたハルヒがわざわざスノボに履き替えて指導してくれた。 それは非常にありがたいのだが、 「シュバッと立ったら、つつついーーっと滑って、転びそうになったらグワッとバランスをとるのよ。 方向を変える時はこうアベシ!ってするの。止まるときはヒデブ!っと気合で止まるの。気合が大事よ」 と、非常に抽象的で訳のわからん説明で、そんなもので上達する訳もなく俺は雪まみれになっちまった。 第一、そんな気合で止まったら、俺はもう死んでしまう。 で、スキーやスノボを楽しんだ後、新川さんのバスで別荘に向かった。 数時間にわたる長旅と、先の運動は俺たちからことごとく体力を奪っていき、 バスの中でぺちゃくちゃとくっちゃべっているのはハルヒと鶴屋さんに妹くらいのもんだ。 他のメンバーはグロッキー状態でしゃべる気力もない。長門はまあ割りと元気そうだが、いつものように無言を保っている。 そんなことはどうだっていい。さっさと別荘に着いて、熱い風呂に入って一休みしたいもんだね。 結果から言うと別荘はかなりでかかった。 これを『けっこう広い』と形容する鶴屋さんの感覚は多少なりとも麻痺しているのかもしれない。 一見すると純和風の超高級老舗旅館の風情だ。『@と@尋の神隠し』に出てくる湯屋を思い出してほしい。 あれをふた周りほどスケールダウンさせればちょうどこの別荘くらいになるんじゃないだろうか。そのくらいのでかさだ。 新川さんの案内で中に入ると異様な光景が目の前に広がっていた。 どこまでも続くのではないかと勘違いしてしまうくらい長大な廊下に、びっしりと日本兜が並べられていた。 いかめしいその和製鎧たちの隊列に俺たちは思わず気圧されてしまう。 朝比奈さんなんてカタカタと震えている。それがまた俺の庇護欲を著しく掻き立てるんだな、うん。 「すごいっしょ、これ。実はうちの爺さんがこういうの集めるのが趣味でねっ。 最初は家に置いてたんだけどめがっさ邪魔になってきたんでここに置いてるんだよ。 てかここはそのために爺さんが建てたんだっ。馬鹿だよねっ、アハハハハ」 馬鹿かどうかは分かりかねるが、鎧兜の保管のためだけにこんな家を建てる精神状態は俺には到底想像できない。 世の中ぶっ飛んぢまってる人ってのは結構いるんだな、と感心しておこう。 「では皆さんのお部屋にご案内します。皆さんのお部屋は2階にございます。 1人1部屋とさせていただいておりますが、よろしいですかな?」 「いいわよ」 と俺たちの意見を聞くこともなくハルヒが返事し、そういうことになった。 「え……あたし誰かと一緒がいい……」 ほらみろ、妹がこう言ってるじゃないか。 「じゃあ、あたしのところに来ますか?」 妹は朝比奈さんの助け舟に、 「はい!」 と言って乗り込んだ。いやあ、本当に朝比奈さんはお優しい。 はちきれんばかりのあの御胸の半分は優しさで出来ているのかもな。 一旦部屋に案内してもらった後、少し早めの夕食となった。 案内された部屋はだだっ広く、畳と板張りの床が半々になっていた。一番奥には神棚が祭られ、 壁にはミミズの這ったような筆跡の、おそらく格言的な言葉が描かれた毛筆の書や、長刀用の竹刀に木刀などがかけられていた。 「ここはねっ、爺さんが無理言って作った武道場なんさっ。弟子をたくさん引き連れて、ここで稽古をつけてたなっ」 そんな武道場に整然と並べられた座布団に俺たちは座った。 武道場に流れる張り詰めた空気に思わず背筋が伸びてしまう。 と、森さんが漆塗りの膳を持ってきてくださった。膳の上には和を感じさせる品々が並んでいた。どれも美味そうだ。 しかし、無骨な武道場で、和膳を運ぶエプロンドレスのメイドというのはなんだかシュールな画だった。 「いっただきま~す!」 ハルヒを先頭に、俺たちは食事を始めた。 おそらく新川さんによるものと類推されるメニューたちは、どれもとびきりの破壊力を持ってして俺の味蕾を刺激した。 これを不味いと評する美食家がいたら、そいつは確実にモグリだね。 左隣の妹を見ると、一品一品をじっくり噛み締め、 「これはどんな味付けなんだろう……」 などと勝手に新川料理の研究をしていた。そんなに料理が上手くなりたいのだろうか。まあ、全然悪いことではないんだが。 はたまた右隣のハルヒは、 「うまっ!モグ……これもなかなかの味ね!新川さんにSOS団名誉料理長の称号をあげちゃおうかしら!」 と、やはり新川さんの料理に感動しているようだった。 SOS団名誉料理長の称号はやらんで言いと思うがな。そんなもの、新川さんのプラスに何一つならない。 そうして俺たちは新川さんによる絶品和膳に舌鼓を打った訳だ。 その後のことは特筆すべき点はほとんどない。 朝比奈さんの部屋に集まって――集められて――ゲームしたりしたくらいだ。 あとは風呂入って寝たくらいだな。男同士の露天風呂の描写なんて、どうだっていいだろ? では、話を一気に次の日、つまりクリスマス、まさにその日に移行させていこう。 朝、いつもどおり妹が俺をトランポリンにしてきたので俺はいやでも目覚めることになった。 「朝ごはんだよ」 とのことなので2人で武道場に向かう。 にしてもなぜ武道場で食事するんだろうか。 俺たちくらいの人数を余裕で収められる部屋なら、ここにはいくらでもありそうなもんだが。 ま、このSS作者の意向ってのが理由の最有力候補だな。なら、気にしてやらないのが作者のためだ。 朝食も昨日の夕食同様に、1人づつに膳が配られたのだが、その上にはトーストにバターやジャム。フルーツの盛り合わせなんかが乗っていた。 それがまた、武道場にメイドというシュールな画をさらに強くしていた。 朝食後はハルヒの判断で昼までの自由時間となった。 ハルヒは俺たちにそういった旨の支持を出してすぐにどこかに消えてしまった。 「おそらく、この別荘内の探索ではないでしょうか。昨日、そのような行動をされている様子は見られませんでしたし」 とは、古泉の弁だ。 俺と古泉、そして朝比奈さんはすることもないので武道場でトランプを始めた。 長門も誘ったが、 「いい」 とだけ言って、読書を始めていた。 鶴屋さんと妹はというと、長刀の竹刀を使い、なんか稽古を始めたようだ。 鶴屋さんによる長刀教室みたいなモノらしい。ほんと、あの人らは元気だな。 おそらく昼に集合した時に今回のメインイベントが発表されるのだろうが、 そう考えると俺の気分は下降曲線を描き始め、見る見るうちに憂鬱な気持ちになる。 今は目の前に朝比奈さんというエンジェルがいるからまだマシだが。 昼食をとった後すぐ、俺たちはハルヒによって集合させられた。 「では、これから本日行われるイベントを発表します!」 おお~~、と鶴屋さんと妹が拍手する。ハルヒには脳内補完されて大歓声になってるだろうが。 5~6枚重ねた座布団の上に仁王立ちするハルヒの顔は、腹立つくらい笑顔だった。 「思いついたのは12月の初めだったかしら?とにかく、あたしは思いついたの、面白いことを! それから古泉くんと打ち合わせを重ねてきたわ。極秘裏にね。ね、古泉くん」 古泉はいつもの半笑いのまま恭しく頭を垂れる。 「ハルヒ、御託はいいからさっさと発表してくれ」 「何よ、もうちょっとくらい人の話を聞きなさいよ」 お前が言うと説得力皆無なんだが。 「まあいいわ、発表するわよ」 ここでハルヒはたっぷりと間を置いた。一同に妙に間延びした空気が流れる。 そしてハルヒは力強く言い放った。 「これより、第一回SOS団大かくれんぼ大会を開催します!!」 頭の中に稲妻が走ったかのような衝撃があった。もう、なんだ。呆れてものも言えない。 散々引っ張っておいてかくれんぼ?小学生か、俺たちは。 鶴屋さんと妹のカシマシ娘コンビはなんかテンション上がっているが、朝比奈さんは頭の上に?マークが10個くらいありそうな顔をしている。 もしかしてかくれんぼ自体を知らないのかもしれない。 ていうか何故にクリスマスにかくれんぼなのか。あいつの脳の仕組みを解明したらノーベル賞モノかもしれない。 「文字どおりSOS団によるかくれんぼ大会よ。鶴屋さんや妹ちゃんもいるけど、名誉顧問に準団員だから問題ないわ」 いつ妹は準団員になったんだ。即刻の退団を要求したい。 「詳しいことは古泉くん、説明よろしく」 面倒なことは他人に押し付けるハルヒだ。 「では、僭越ながら……。基本的には通常のかくれんぼと同じルールです。鬼が隠れている人を探す……、それだけです。 ただし、今回はこんなものを用意しました。お願いします」 古泉が新川さんと森さんに目配せすると2人は俺たちに何かを配りだした。 受け取ったそれは携帯電話。しかも旧式のものだ。 「少し古い機種なのは御用者ください。古いほうが細工しやすかったもので」 「細工?」 「はい、ちょっとした細工が施してあります。まずは、その説明をしましょうか。 皆さんがお持ちの携帯にはさまざまなアプリが入っています。左上のアプリボタンを押してください。 アプリの選択画面になったはずです」 確かに、3つのアプリが画面上に表示されている。 「まず一つ目のアプリ。画面上では右端に表示されているものです。 これは隠れている人、ここでは便宜上『ハイダー』と呼ばせていただきますが、ハイダーのおおまかな位置が表示されます。 アプリを起動してみてください」 アプリを起動すると部屋の見取り図のようなものが表示された。 「では、3のキーを押してください」 古泉の支持に従うと画面が切り替わり、また別の見取り図が表示された。一番大きな部屋に赤い点が寄り集まり、明滅を繰り返している。 「その赤い点が我々の位置を示しています。そして先程のように階数に合わせて任意の数字キーを押すと、 その階の見取り図と位置情報が表示されます。この建物は4階建てなので4までの数字キーがこのアプリに対応することになりますね。 ここは3階なので3のキーを押しました。離れを確認する際は、1階は5、2階は6、3階は7を押してください」 「なあ古泉、こんな機能があったらすぐに鬼に見つかっちまうだろ」 「安心してください。鬼にはこのアプリは使用できません。それについては後で説明します」 了解した。説明を続けてくれ。 「はい、では続けます。この赤い点ですが、その点が誰かは表示されませんのであしからず。 では次のアプリです。先程のアプリのとなりにあります。これは先程のアプリと同様の操作で鬼、 ハイダーに合わせて、ここでは『シーカー』と呼んでおきましょう。シーカーの位置情報が表示されます。 ただし、使用できるのは一台につき3回まで。また、起動してから1分でアプリは自動的に終了します。有効に使用してください」 「では次のアプリ。……ですが、先の2つのように、このアプリはハイダーには特に役立つものではありません。 テトリスなどのミニゲームが収録されています。隠れている間の暇つぶしにでも使ってください」 また妙に怪しいアプリだな。ゲームに熱中させている間にハイダーをゲッチュー、ってか。 「また、ハイダーがシーカーに確保されると、それぞれの携帯に報告のメールが送信されます。 そして、メモリー内には各人の携帯番号が登録されています。電話での情報交換等に使用してください。 ただしメールを受信することはできますが、送信することはできないようにしてあります」 「それで全部か?」 「いえ、まだあります。まず、ハイダーが残り2人になるとハイダー側の携帯は一切の機能が停止します。 ただし、片方1人の確保を伝えるメールを受信する必要があるので、電源を入れた状態で持っておいてください。 また、先程説明した機能以外は使用できなくなっています。これで携帯についての説明は終わりです。 質問はありますか?」 皆、無言で質問が無い意思を示した。 朝比奈さんは本当に理解しているのか、いささか心配だが、あとで詳しく教えてさしあげよう。 「ではルールの説明です。基本的には先程言ったとおり、普通のかくれんぼです。 今回の変更点としましては、ハイダーは確保されるとシーカーになる、このくらいです。 また、シーカーの携帯にはハイダー確保のメール受信と、電話機能しかありません。ハイダーが確保されると携帯のその他の機能は停止します。 シーカーはハイダーを確保したらハイダーの携帯の『#』と『*』を同時押ししてください。 そうすることで各携帯にメールが送信されます。ハイダーは見つかったら素直に携帯をシーカーに渡してください。 なお、誤って#と*を同意押しするとシーカーに見つかっていなくても、見つかったことになりますので注意してください。 説明は以上です。質問を受け付けます」 これも、質問は無いようだ。それにしても古泉、このSS一番の長台詞、お疲れ様。お前はよくやったよ。 「では、そろそろ開始しましょう。隠れる場所はこの本館と別館の内部と連絡路です。外に出たり、危険な場所には隠れないように。 最初の鬼は新川さんと森さんです。優勝者には商品がありますのでがんばってください。鬼が動き出すのは10分後です。 では、涼宮さん」 「ありがとう、古泉くん。 オッホン。ではこれより、SOS団大かくれんぼ大会を開始します!! レディ~~……ゴウ!!!」 ハルヒの号令で俺たちは武道場に新川さんと森さんを置いて駆け出した。俺もダッシュだ。 一応、勝負事だしな。俺だって勝ちたいさ。 ここで、鶴屋家別荘の大まかな説明をしようと思う。 まず本館、4階建てだ。1階には玄関から続く長い廊下に大小3つの練習場、倉庫がある。階段横の裏口は別館への渡り廊下に続いている。 2階は宿泊スペース。30近い部屋で埋めつくされている。 3階にはさっきいた武道場がある。ここが一番広い部屋になっている。他には倉庫があるくらいだ。また、別館への連絡路がある。 4階は炊事場や浴場などの生活に必要な諸施設となっている。 別館は3階建て。1階には事務室や休憩室があり、2階・3階と武道場になっている。広さは本館の3分の1くらいか。 俺は一旦1階まで降りて別館に行った後、3階まで上がって本館に戻り、4階に上がった。 この遠回りに深い意味はないのだが、軽いかく乱になるかと思ったんだ。 なんだか新川さんはかくれんぼのプロの気がするからな。いや、なんとなくなんだが。 僅かな音さえ認識して、それを頼りに探しそうだもんな、あの人。 4階に着くと、浴場の脱衣所に設置されたロッカーの1つに身を潜めた。もちろん、男湯だ。 少しすると、携帯がぶるぶると震えた。メールが来たようだ。 [これより、行動を開始いたします] とだけ書かれた本文は、シンプルな文面ながら確実に新川さんと森さんが動きだしたことを知らせた。 しかし、なんだかテンションが上がってきたな。 さっきは小学生か、なんて言ってしまったが、これはけっこう楽しい。隠れてるだけなのにな。 とりあえず、アプリを起動し各ハイダーの位置を確認する。 本館の1階と2階に隠れている奴は1人もおらず、2階に2人、4階には俺を含めて2人、別館の各階に1人づつ隠れているようだ。 皆、微動だにせずじっとしている。さあ、最初に捕まるのは誰か。 といきなり電話がかかってきた。 『もしもし、キョンくん?』 「なんだよ、電話するには少し早いんじゃないか?」 『いや、今どこに隠れてるのかな、って思って。今どこに隠れてるの?』 「本館4階の浴場だ。お前は?」 『あたしは2階の部屋に隠れてるよ。まあそれだけだから。じゃあねぇ!』 ツー……ツー………… いきなりなんなんだ、妹よ。お前の行動もイマイチ掴みどころがないな。 と、また電話がかかってきた。 『キョン、今どこにいるのか教えなさい!』 「本館4階の浴場だが?それがどうしたってんだ」 『4階ね。わかったわ。じゃ』 ツー……ツー………… ハルヒに至っては自分の場所も教えん始末だ。なんか、フェアじゃないぞ。 と、またまた電話だ。 『もしもし』 やけに済ました声が聞こえる。今度は古泉か。 「なんだ。俺に電話をかけるのがブームなのか」 『はて、なんのことでしょうか?まあいいでしょう。今どこにおいでか教えていただきたいのですが』 「お前もそれか。今日でもう3人目だ」 『3人目?他に誰が?』 「ハルヒと妹だ」 『なるほど。流石、と言うべきですね。それより早く場所を』 「本館4階の浴場だ」 『なるほど……。わかりました、僕は別館の3階にいます。では、健闘を祈ります』 ツー……ツー…………。一体奴らはなんなんだ。 しばらく隠れていると携帯が振動した。メールだ。 [開始から7分24秒、古泉氏を確保] やはりというか、古泉が最初か。にしても早いな、おい。やはり超絶スネーク執事新川氏の成した所業だろうか。 ん?スネーク?何を言ってるんだ、俺は。 とりあえず、アプリを起動。各人の位置確認だ。 別館の1階にあった点が猛烈な速度で本館に移動している。 と、またメールを受信した。 [古泉氏確保から1分09秒、鶴屋氏を確保] 早い。いくらなんでも早すぎる。 これは新川さんがスネークとかそういう問題じゃない。あ、またスネークって言っちゃった。 これは何か裏があるはずだ。考えろ……古泉発見から鶴屋さん発見までになにがあったのかを……。 刹那の思考の後、俺は1つの答えに辿り着いた。 俺はすぐさまロッカーから飛び出し、階段を駆け下りる。携帯のメモリーから古泉の番号を探り、電話をかける。 奴は、すぐに電話に出た。 『なんですか?ハイダーがシーカーに電話するなんて、あなたも命知らずの人ですね」 「てめぇ、はめやがったな」 『おや、もう気づいてしまいましたか。しかしはめた、というのは心外ですね。これは戦略です』 うるさい。お前、次に会ったら2発ぶってやる。親父にもぶたれたこともないであろうその頬を、2度もな!! 『それは非常に困りますね』 すかした古泉との電話に早々に嫌気がさし、電話を切る。 奴、そしてハルヒと妹がしたのは、よく考えれば極々当然のことだ。奴らは事前に各ハイダーの位置を把握していた。 そして、いざシーカーになった時、その位置情報でハイダーを探す。ただそれだけだ。 そうしておけば誰かが見つかった時に、少なくとも1人の鬼の位置がわかることになるしな。 妹さえ気づいたというのに。チクショウ、俺のスペックは妹以下かよ。 と、ハルヒから電話だ。 『キョン、今どこにいるか教えn「だが断る」』 やはりな。もうその手は食わん。すぐ後に妹からも電話がかかってきたがもちろん無視だ、無視。 俺は本館2階をひっそりと歩きながら二つ目のアプリを起動した。鬼の位置を確認するアレだ。 今、鬼は新川スネークに森さん、古泉に鶴屋さんの4人だ。開始から10分足らずでこれか。 古泉のことだから事前にスネークたちと打ち合わせていたに違いない。ハルヒを1位にさせたいだろうからな、あいつらは。 画面に視線を戻し、俺は2のキーを押す。そして、俺の点を見た。 …………そこにはハイダー、つまり俺を示す赤い点のすぐ後ろに鬼を示す青い点があった。 恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはメイド・オブ・ザ・イヤーを贈っても遜色のない美人メイドが立っていた。 「キョン様、見~つけた」 森さんの口から”~”が飛び出るとは思わなかった。それにしても今のは反則的なかわいさだった。 「では、携帯電話をお渡しください」 かくして、俺は5人目の鬼となった。 10分も経たないうちに3人が見つかる、という驚異的な展開の速さを見せたかくれんぼも、ここに来て停滞の体を見せ始めた。 俺が鬼になってから30分以上経つが、誰も見つかっていない。 一番驚きなのが朝比奈さんが見つかっていないことだ。あの人のことだからすぐに見つかってしまいそうなもんだが。 俺の予想としては1位ハルヒ、2位長門、3位鶴屋さんってとこだったんだが、 鶴屋さんは早々に見つかって鬼になっているし、勝負の世界では何が起こるかわからんね。 しかし、こんな出来レースも珍しいな。古泉を始め”機関”の連中は何がなんでもハルヒを1位にするだろう。 朝比奈さんや、長門も、直接的な動きは無くともそうなることを願っているはずだ。 しかし、ハルヒがそんな事情を知るわけがなく、見つかりたくない一心で変な能力を発揮しかねない。 早いとこ、ハルヒ以外の3人を見つけたほうが懸命だな。 3人を求め、広大な本館の2階を歩いていると、廊下に段ボールが落ちているのを見つけた。 怪しい、実に怪しい。これを怪しいと思わない奴がいるとしたら、そいつの辞書に俺が「怪しい」という項目を足してやる。 まさか、ここにハイダーが隠れているとは俺だって思わない。結果から言うと、確かに中にはハイダーはいなかった。 「…………新川さん、何してるんですか……」 段ボールの中には新川さんが収納されていた。 「見つかってしまいましたか。これは一本取られましたな」 そんなつもりは毛頭ないんですが……。 「いや、こうして潜むことで移動してくるハイダーを待ち伏せていたのです。妙案かと思われたのですが」 多分、本気で言ってるんでしょうが、これはあまりにも怪しすぎます、新川さん。 「では、この案は無しでございますな。残念です」 そのまま新川さんは段ボールを持ってどこかに行ってしまったが……あの人本気でスネークかもしれない。 いや、俺自身もスネークという言葉の深い意味はわからないんだが、何故かスネークという言葉が頭から離れないんだ。 3階を歩いていると、今度は鶴屋さんと出くわした。 「やあキョンくん、何か見っかったかい?」 段ボールに隠れている新川さんなら、とはなんだか言いづらいのでここはお茶を濁しておこう。 「全く何にもです」 「そうかい、そうかい。いやぁ、みくるも見つけらんないってのは何か悔しいにょろね」 鶴屋さんは言いながらすぐそこにあった倉庫の扉を開けた。 中には剣道の防具と思しきものが収納されていた。 「お~~いっ、みくる~!長門っち~!妹く~~ん!出ておいでよっ!」 がさがさと防具を掻き分けていく鶴屋さんの後ろを俺も探してみる。棚の影とかに隠れているかもしれない。 と、鶴屋さんの声が響いてきた。 「おっ、妹くん見っけ!」 「え?どこです?」 「さっき外の廊下を走ってったよっ。さっ、追いかけるにょろよ、キョンくんっ!」 鶴屋さんは防具の山をすっ飛ばして駆け出した。 俺も急いで走り出すが鶴屋さんがあまりに速くて追いつけない。日頃の運動不足が祟ってか、体力的な限界も間近だ。 「キョンくんっ!」っといきなり鶴屋さんがUターンしてきた。 「妹ちゃんは武道場に走ってったにょろ。あたしが前から追い詰めるから、キョンくんは後ろから回り込むっさ!」 ほとんどスピードを緩めぬままに、鶴屋さんは俺が来た道を逆方向に走っていった。 妹を挟み撃ちにする作戦みたいだな。ていうかこれ、鬼ごっこじゃないか? まあいい。とにかく早く武道場に行かなければ。俺は鶴屋さんとは逆方向に走り出した。 俺が武道場に着くと、妹がこちらに走ってきていた。が、俺を見て急ブレーキをかける。 妹は武道場の真ん中で立ち往生している。俺と鶴屋さんはじりじりと妹との距離を詰めていく。 「さあ妹くん。おとなしく携帯を渡すんだっ」 「イヤって……言ったらっ!?」 そう言い終るが早いか、妹は俺に向かって走り出した。 鶴屋さんより俺のが弱いってことか。否定はせんが、兄貴をなめるなよ。てかお前、ルールは遵守しろ。 と、俺が入ってきた入り口から新川さんが入ってきた。妹は2対1は不利と見たか踵を返して鶴屋さん方向に駆け出す。 その時だった。 「てやぁっ!!」 鶴屋さんの気合の一声と共に、妹の体が空中を舞った。 妹にぎりぎりまで近づいていた鶴屋さんは、妹にこれ以上ないほどに美しい背負い投げを決めたのだ。 「どうだいっ?参ったにょろかっ!?」 「はい……参りました……」 一瞬の間の後、2人は大声で笑い出した。 「いやはや、見事な一本でしたな」 新川さんがそっとつぶやき、渋い笑みを浮かべた。 残るハイダーは朝比奈さん、長門、そしてハルヒだ。 妹捕獲の後、俺たちは少し休憩をとることにした。そうして今4階の炊事場に向かっている。新川さんがお茶を淹れてくれるとのことだ。 やけにアグレッシブな逃走劇を演じた鶴屋さんと妹は、まるで姉妹のように俺の前を肩を並べて歩いている。 ほんと、このコンビは元気だし、仲が良いな。お互い通じるものでも感じるんだろうか。 まあ、おてんばっぷりや、意外と武闘派なとこなんかは似てるな。 「あれ、今日晴れてたよね?」 妹の言うとおり、窓から見える空は昼前までの晴天から一転、どんよりとした曇り空になっていた。 今日は1日晴れの予報だったが、本当にあてにならん気象予報士だな。 日の光を遮る雲は、まるであの空間のような灰色をしていた。 新川さんの美味いお茶――朝比奈さんのソレには劣るが――を飲んだ後、俺たちはそれぞれがバラバラになって捜索作業を行うことにした。 俺以外の3人は別館に向かうとのことだった。俺は本館をじっくり探すことにする。 『もしもし。少し困ったことになりました』 古泉から電話がかかってきたのは3人と別れて10分ほど経ってからだった。 「……それはハルヒ絡みの困りごとか?」 『そのとおりです。はっきり言いますと、小規模ながら閉鎖空間が発生しかけています』 「しかけている?発生はしてないのか。なんとも中途半端だな」 『ええ。こんなことは初めてで、僕自身上手く表現することができません。 現在、本館と離れは通常の空間と閉鎖空間との境界が非常に曖昧になっています。おそらく、涼宮さんの仕業です』 そんなこと俺に言われても困る。お前は閉鎖空間のプロだろうが。 『そうなんですが、こういった状況は想定外でした。ここは長門さんと協議したいところなので、すぐに長門さんを探し出してください』 無茶なことを言うな。と言いたいところだがそうもいかないらしい。妹を閉鎖空間に招待する気にもなれんしな。 しかし、俺たちが苦労せずとも長門はすぐに自首してきた。 自分で#と*を押し、リタイアを自ら宣告した後、俺に電話してきた。 『本館4階の書斎』とだけ。 本館4階の広い書斎には俺、長門、古泉他”機関”のメンバーが集っていた。 「これは涼宮さんの力によるものでいいですね、長門さん?」 「そう。この現象は涼宮ハルヒによるもの。 おそらく、鬼に見つかりたくない、もしくは1位になりたいという強い感情から彼女がこの現象を引き起こした。 先程私が自ら捕獲に当たる行動をした際に、閉鎖空間の占有範囲が飛躍的に向上、通常空間をほぼ侵食した。それはあなたたちも感じているはず」 つまり、ハルヒがかくれんぼで1位になりたいと願ったからこうなったのか。しかし閉鎖空間を作っても1位になれるわけじゃないだろう。 「この空間は涼宮ハルヒが1位に最もなりやすい環境に設定されている。その詳細は私にもまだ解りかねる。 また、この空間は閉鎖空間に酷似するが、厳密には全く違うもの」 「涼宮様のイライラや、不満によって生じたものではないから、ですかな?」 新川さんの問いに、長門は「そう」とだけ答え、 「この空間は通常の閉鎖空間を希釈したような性質を持っている。時間の流れも互いに同期している」 「世界を改変しようとする意思も無いですしね。我々の力も微々たる力しか発揮されない」 古泉の手の上には、ピンポン玉と同等かそれ以下のサイズの赤い玉が浮かんでいる。 「この空間も基本的には選ばれたごく一部の人間にしか出入りすることは出来ない。 しかし、この空間は現在この建物、または別館の一部の場所で通常の空間と繋がっている。情報統合思念体との連結が途絶えていないのが証拠」 つまり……どういうことだ? 「この閉鎖空間もどきは、本館と離れの中のどこかに僕らのような能力を持たない人間でも出入りが出来る入り口を持っている、ということです。 そうですね、長門さん?」 「そう。現在この空間にいるのは我々を含め8人。涼宮ハルヒは入り口の向こう側の通常空間にいる。 彼女からは私たちは視認出来ず、こちらからも彼女を視認することは出来ない」 「じゃあ、どうやってハルヒを見つけるんだ?」 「この空間と通常の空間の狭間は、彼女の体表面を薄く覆うように形成されていると推測される。 彼女が移動すれば、当然空間の狭間も移動する。その際に生じるこの空間の揺らぎを検出し、彼女の位置を捕捉する」 「お前にはそれができるのか?」 長門は数センチの僅かな首肯を返してきた。いつも数ミクロンの頷きをすることを考えれば、随分と力強い。 「まずは朝比奈みくるを確保すること。仮に朝比奈みくるが1位になった場合、この空間が完全な閉鎖空間と化し、世界が改変される可能性がある。 だから、朝比奈みくるを見つけ出して。私はここで空間の揺らぎを検出する」 こうして俺たちは朝比奈さんを見つけることになった。 「あまり長い時間この状態にするのもよくないようです。少しづつですが空間の閉鎖空間化が進んでいます」 森さんがそう言っていたので時間に余裕も無いらしい。 しばらく朝比奈さんを大声で叫んだりもしながら探したが見つからない。俺と古泉は一旦本館3階の武道場で落ち合った。 「困りましたね。まさか彼女がこんなにも見つからないとは。実は鶴屋さんや長門さんとは事前に打ち合わせていたんです。涼宮さんを1位にするように」 やっぱりこれは出来レースだったわけか。 「ええ。朝比奈さんに関しては事前に役目を与えておいて失敗をされても困りますし、どうせすぐに見つかると思ったので打ち合わせていませんでした」 つまり、そういう話を聞いていなかった俺も、お前らに役立たずと判断されたわけか。 「すいません、そういうことになります」 古泉はいけしゃあしゃあとぬかしやがる。ほんとに腹が立つ奴だな。 と、突然古泉の表情が曇った。 「どうした?」 「いえ……何か妙な気配を感じたもので……。森さんならすぐにわかるんでしょうが……。 彼女は機関の中でも空間を察知する能力に長けているんですよ。長門さんには及びませんが」 そうだったのか。超能力者の力にも得手不得手があるんだな。 などと関心していると、鶴屋さんと妹が武道場に入ってきた。4人で簡単な情報交換を行う。その時だ。 けたたましい音と共に武道場の入り口の引き戸が破られた。 「おい、なんだあれは」 そう言わずにはいられない。引き戸を蹴破って武道場に入ってきたのは、人間ではなかった。 人と大差ない大きさの青白い光を放つ”何か”が1階にあった日本兜を着込んで立っていた。”何か”は腰に佩いた日本刀をゆっくりと抜く。 「神人によく似ていますが……なんなんでしょうね。ただ、我々に敵意を持っているのは確かなようです」 古泉は手の上にあの赤い玉を作り出す。 「キョンくん、あれ……何なの?」 そうだな、妹よ。訳わからんよな、こんなもん。 「俺にもよくわからんが、とにかくかなりヤバイもんだ」 「なるほど……」 こんな説明でいいのか?なんて物分りの良さだ。 「SOS団なら何が起こっても不思議じゃないでしょ?」 全くだ。その意見には全面的に賛成だが、それほど不確かな理由はない。 そうこうしているうちに神人もどきは数を増やし、5体ほどが武道場に入ってきている。 「とりあえず、逃げないといけませんね」 「そうだねっ。けど、やっこさんにはそんな気はめがっさ無いみたいだよっ。ほら」 見ると、武道場のもう1つの入り口からも神人もどきが入ってきていた。俺たちはさながら猫に追い詰められた鼠だ。 「やるっきゃないねっ。妹くんっ!」 鶴屋さんは妹に長刀竹刀を投げ渡し、2人はそれを構えた。 「ふ~~……もっふっ!!」 古泉が超能力的エネルギーパワーボールを叩きつける。神人もどきたちの足元に着弾したそれは、閃光と共に炸裂する。 立ち上がる粉塵に向かって鶴屋さんが突っ走り、長刀を振るう。妹は背後の警戒にあたる。 俺はただ古泉たちの後ろを逃げる。闘ったりはしない。それが俺の役目だからな。 だってそうだろ?俺はただの一般人だ。まあ。妹もそうなんだが……。 神人もどきの1体が鶴屋さんへ袈裟懸けの剣を浴びせる。当たれば即死モノの太刀筋を、鶴屋さんは絶妙のタイミングで回避した。 神人の振るった剣はドガンッ、と鈍い音をたてて床にめりこむ。 世界一鋭利な剣である日本刀なら、もっと綺麗に床に入っていくと思うんだが、あれはもしかして模造刀か? 「どりゃっ」 鶴屋さんが神人もどきをなぎ払い、妹も背後の神人相手に獅子奮迅の活躍をしている。古泉は2人を援護するようにふもっふを連発。 本当に申し訳ないくらい俺は何もできない。今度妹に空手でも習うかな。うん、そうしよう。それがいい。 「さあみんな、こっちだよっ!」 鶴屋さんが神人もどきを吹っ飛ばしてできた突破口に4人で突っ込む。 だが神人もどき共は倒されても倒されても起き上がり、追いかけてくる。ゾンビか、お前らは。 「痛っ……!」 そう妹がうめくのが背後から聞こえた。振り返ると妹が右手を押さえている。なんと、血が出ているではないか。 静かに滲み出る鮮血は、妹の腕を伝ってポタポタと床に落ちていく。 奴らが持ってたのは模造刀だけじゃなかったのか。竹刀対真剣では竹刀に黒星がつくに決まっている。 証拠に妹の足元には綺麗に真っ二つにされた竹刀が転がっていた。 「妹くんっ」 うずくまる妹に鶴屋さんが駆け寄る。 その真後ろでは神人もどきが妹の血が着いた刀を振り上げ、2人に切りかかろうとしていた。 そして、無防備な2人に真剣が振り下ろされた。 気がつくと、俺は走り出していた。 一瞬、俺の耳は一切の音を感知しなかった。それだけ無我夢中だったのかもしれない。 自分でも驚くほどの速さで神人もどきに駆け寄った俺は、これまた驚くほど高く跳躍する。 刀がまさに鶴屋さんの背中に触れんとした瞬間、俺のドロップキックが神人もどきにクリーンヒットした。 神人もどきは刀を残して真っ直ぐ吹っ飛んでいく。 着地後視線を上にやると、もう1体の神人もどきが切りかかってくるのが見えた。 俺は転がっていた刀を手に取り、神人もどきの刀を受け止める。金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。 神人の太刀筋はとてつもなく重かった。だが負ける訳にはいかない。ここで負けたら妹と鶴屋さんが傷つく、俺の名が廃る。 「どりゃあっっ!!」 気合一発、俺は神人の刀を払いのけ、その首を切り飛ばした。 神人もどきの頭部は青い光の跡を残しながら胴体から離れ、刹那の空中浮遊を楽しんでいた。 直後、古泉の赤玉が数個飛来し、爆発、追撃を仕掛けようとしていた神人たちを蹴散らす。 その隙に俺と鶴屋さんとで妹の肩をとり、駆け出した。もう神人もどきに追いかけるそぶりは見られなかった。 最後に振り返ったとき、俺が切り飛ばした首を胴体のみの体が拾い上げ、またその体に迎え入れているのが見えた。 長門が待つ4階の書斎に向かう途中、古泉が話しかけてきた。 「驚きました。あなたがあんな動きをするとは。さっきのあなたはとてつもなく速かったです」 そうだったのか?無我夢中だったからよく覚えていない。 「そりゃあ、もう。信じがたい速さでした。考えてもみてください。あなたと鶴屋さんたちとの距離は5メートル以上はありました。 それを、刀が振り下ろされてから2人が切断されるに至る間に駆け抜けたんですから」 それは確かに早いな。びっくり仰天だ。 「それに、あなたは神人に似た”アレ”を切断しました。当然のように思っているかもしれませんが、あれは一種の異常事態です。 普通、神人に実質的なダメージを与えられるのは僕らのような力を持つ物のみです」 「僕の推測ですが、あなたは長い期間僕や長門さんのような特異な力を持つ者たちに囲まれていたために、 僕たちの能力の一部を会得したのでしょう。長い間閉鎖空間に行くことがなかったので気づかなかったようですが」 どうやら俺は、ハルヒに振り回されて宇宙人的、未来的、はたまた超能力者的な力に触れ続けたせいで、その力を少し受け継いじまったらしい。 俺はSOS団唯一の普通キャラだったのに、これではいよいよ超人変体集団になってしまうぞ。 まあ、その力があったおかげで妹や鶴屋さんを助けられたんだから、一概に否定する訳にはいかないな。 ん?こんな力があると今後俺も面倒ごとにおいて戦力に数えられたりしないか?嫌だ。果てしなく嫌だ。 憂鬱な気分に浸りつつ、書斎に到着する。中には新川さんと森さんもいた。 妹の手当てを2人に任せ、長門にさっき起こったことを報告する。 「あれはこの空間に設定された、涼宮ハルヒを1位に仕向けるための特性の1つ。彼女を捕獲しようとする者に対し攻撃を加える。 装備もまちまち。基本的には模造刀を持つが一部真剣を装備している。おそらく、この建物の所有者がここに保存していたもの」 「確かに爺さん、刀なんかもここにおいてたよっ」 とにかく、ハルヒ探索が一層困難になったのは確かだな。だが、早く事態を解決しないといけない。 「よし、俺たちで固まって朝比奈さんを探そう。長門、お前も来てくれるか?」 「そのつもり。でも、あなたにはしなければいけないことがある」 長門の視線の先には、右手に包帯を巻いた妹がいた。その表情からは、はっきりと恐怖の感情が見て取れる。 「彼女は私たちの特異性に、ある程度の理解を示していた。だが、先の事態はその許容範囲をはるかに超えた。 あなたは彼女にすべての事情を説明する必要がある。それが、あなたの役目」 そして、俺と妹を残して長門たちは朝比奈さんを探しにいった。 「この部屋に防護フィールドを発生させる」と長門が言っていたので安心だが。 妹は無言で椅子に座り、ひたすら下を向いていた。さっきまでの活躍が嘘のようだ。近づくと、小さく震えていることにも気づいた。 俺は妹の前にしゃがみ、その手を握る。妹は、静かに泣いていた。 「怖かったな。お前にこんな思いをさせて、悪いと感じている。すまなかった」 「キョンくん……」 妹は俺に抱きついてきて、はっきりと嗚咽をあげはじめた。 俺は妹の小さな背中をそっと抱く。それくらいしか出来ることがわからなかった。 俺は妹を抱いたまま話を始めた。 ハルヒのこと、長門や朝比奈さん、古泉のこと、SOS団のこと、そして今回のことはハルヒの力によって起きたということ。 それらをゆっくりと、言葉を選びながら妹に話した。そして最後にハルヒを恨んだりしないようにお願いした。 ハルヒは好き好んでこの力を持った訳じゃないからな。恨むなら、ハルヒに力を与えた神だかなんだかの不確定な存在を恨んでほしい。 ハルヒも、あの力の犠牲者なんだ。 妹は全て理解してくれたようだ。ほんとに物分りの良い、素直な奴だ。兄としては非常にうれしいぞ。 しかし、それでもなかなか泣き止むことはなかった。まあ、腕を真剣で切られ、挙句死の一歩手前まで行ったんだからな。無理もない。 今回の事件で俺の兄としての無力さが露呈した。もっと、強くならねばと思う。ちんけな能力無しでの強さでな。 と、突然携帯が鳴った。画面には [追尾アプリ起動中] という意味不明のテロップと、見取り図が表示されていた。 数分後、長門たちが朝比奈さんを連れて帰ってきて、まだ抱き合っていた俺たち兄妹は赤面することになる。 「妹くん、長門っちが呼んでるよ」 妹が長門のもとへ行くのと入れ替えに古泉が寄ってきた。 「長門さんは妹さんの治療をするそうです。傷跡は完璧に消えるそうなのでご安心を」 そうか、そりゃよかった。 「鶴屋さんにも、ハルヒたちの説明はしたのか?」 「もちろんしました。まあ彼女も僕たちがおかしな力を持っていることには気づいていたのですぐに納得してくれましたよ」 「そういえばさっき携帯に変な画面が表示されたんだが。ありゃなんだ?」 「あれはハイダー側の携帯に仕込んでおいた発信機が作動していたんです。ハイダーの携帯にはゲームのアプリが入っていましたよね?あれはこちらが用意した罠だったんです。 アプリを起動すると自動的に起動したハイダーの位置情報がシーカーに知らされるようになっていました」 「随分と姑息な手を用意してたんだな」 「姑息とは聞こえが悪いですね。僕は『このアプリはハイダーには特に役立つものではありません』と、しっかりと役に立たないことを伝えていました。充分フェアかと思いますが」 じゃあ、そういうことにしとけ。好きにしろ。 「朝比奈さんはそのゲームアプリを起動したから見つかったのか」 「ええ。本当にラッキーでした。これで涼宮さん探しが開始できます」 朝比奈さんらしいドジで愛くるしい捕まり方だが、よくここまで粘ったな。人には意外な一面があるもんだ。 その朝比奈さんは妹を治療中の長門に向かって、 「あたし、楽しくてつい調子に乗ってしまって……本当にごめんなさい」 と、「問題ない」という長門の声も聞かずに謝り続けている。俺ならあなたにいくら謝ってもらっても問題ないんですが、あんまりくどいと逆に人を怒らせますよ? 「それで、涼宮さんですが、彼女は現在自分がで優勝したことを知っているはずです。ですが、この閉鎖空間もどきは消滅していません。 もしかしたら消えてくれるんじゃないかと思っていたんですが……うまくいきませんね」 などと古泉は貼り付けたような笑顔で言っているが、それって非常にやばいんじゃないか? 「ええ、非常にやばいです。神人もどきの強さもどんどん増しています。さっきも一度出くわしたんですが、更に大きくなっていました。 おそらくいつまで経っても自分を見つけない我々に、涼宮さんは不快感を感じているのでしょう。でも、見つかりたくはない。 そんな思いが入り乱れ、肥大化して閉鎖空間化にも歯止めが効かなくなっているんでしょう」 見つかりたくないから作り出したこの閉鎖空間もどきを、今度は見つけてもらえないイライラで本物の閉鎖空間にしようとしてるのかあいつは。カオスだな、おい。 「カオス……ですか。確かに、このSS作者も情報量の多さに事態を把握しきれず、このSSにいくつかの矛盾を発生させています。 僕にこんなことを言わせているのが何よりの証拠です。カオス、という表現が適切でしょうね」 「事態を収拾するのは簡単。涼宮ハルヒを確保すればいい」 いつの間にか妹の治療を終えて俺たちに近づいていた長門が静かに言った。 「限定空間内生命体たちの位置と、通常空間との間で発生する空間の揺らぎを比較すると、揺らぎの周辺に限定空間内生命体が分布することがわかった」 長門の言う限定空間内生命体とは、俺たちを襲った神人もどきを指しているようだ。限られた空間内でのみ活動する生命体、ってとこか。 空間の揺らぎとはハルヒのことだろうからその限定空間内生命体たちの中心にハルヒはいるんだろう。やれやれ、いよいよ面倒なことになってるな。 「その……限定空間なんとやらの数は?」 「全部で36体。真剣を装備しているのは14体」 多いな。どうせハルヒを捕まえるにはそいつらをもれなく倒さなきゃいけないだろうからとことんハルヒ探しのミッションの難易度は高いな。 「限定空間内生命体はいずれも肥大化し、強力。あなたのような人間が応戦するのはあまりに危険」 「では、我々と長門さんが協力して戦うわけですね?」 「そう。統合思念体の意向に関係なく、私はそのつもりでいる。あとはあなたたち次第」 「……しょうがないですね。事態が事態ですし、一般人を巻き込んだ手前、我々も責任を取る必要がありますし。わかりました、協力します」 ここに宇宙人と超能力組織の一時的同盟が締結された。なんとも頼りがいのある同盟だ。 「あなたちの体表面に生体防護フィールドを発生させる。これである程度の攻撃にも耐えられる」 と長門にいつかのように妹共々甘噛されて、俺たちはハルヒ確保に乗り出した。他の連中は朝比奈さん探索時にすでにやられていた。 窓の外の空はほとんど閉鎖空間と同じ灰色をしている。早くハルヒを見つけ出さないとな。 俺たちは先頭に長門と古泉、後ろに新川さんと森さんを配してその間に俺や朝比奈さんたちの一般人勢というフォーメーションに長門のナビゲーションで進んでいく。 そして本館1階に到着した時だった。 「来ます」 古泉の言うように廊下を挟んだ左右の練習場の壁をぶち破りながらゆっくりと神人もどきどもが出てきた。 神人もどきは天井の高さよりも大きくなっていて、首を折り曲げるようにして立っている。手に持っている日本刀がおもちゃのようだ。 「この限定空間内生命体の向こう側に彼女はいる」 長門は静かに両手を神人もどきに向けて掲げ高速で何事かつぶやく。すると両手から数え切れない数の白い光の矢のようなものが神人もどきたちに向かって放たれた。 それはあまねく神人もどきに命中し奴らの巨体をよろめかせる。 「我々もいきましょう」 古泉の言葉に合わせて機関の3人も攻撃を始める。 古泉は赤い玉をふもっふし、新川さんは手を銃のような形にして指先から古泉同様の赤い玉を打ち出し、森さんは前に重ねた両手から赤い円形の波を放っている。 超能力者ってのは攻撃方法も異なるのか。ほんの少し勉強になった。なんの役にもたたんが。 轟音の響く戦況を、しばらく圧倒されつつ眺めていた俺の襟首を突然長門が掴んだ。見る間に俺と長門を包むように淡い水色の膜が発生する。 俺が事態を飲み込む前に長門は跳んだ。俺共々に。 爆煙立ち込める神人もどきの間を長門は一瞬で駆け抜けて神人への攻撃を止めぬまま俺に言った。 「玄関から外に出て」 「ハルヒは外にいるのか」 「そう。私の攻撃にも限りがある。急いで」 俺は長門から離れ玄関の大戸を開ける。俺の前に広がった灰色の景色はまさに閉鎖空間だった。 と、携帯が鳴る。長門だ。 『聞こえる?』 ああ、聞こえるぞ。お前が闘ってる音もな。こっからどうしたらいい? 『そのまま何もせず、手を前に伸ばして』 …………それだけか?そんなことでいいのか? まあいい。長門の言うことに間違いなど、間違ってもない。変な日本語だが気にするな。俺は今ただ手を伸ばす、それだけだ。 何も無い虚空に俺は手を伸ばしていく。と、指先が何かに触れる感覚があり、直後に景色が一変する。 空は今朝同様に青い。もとの空間に戻ったようだ。 「あれ、あんたいたの」 しかめっ面で振り向いたハルヒの肩に俺の片手は置かれていた。もう片方の手に持っている携帯からは不通を告げる音しかしない。 「ねえ、みくるちゃんが見つかってあたしが1位になったってメールが着たのに、今の今まで誰もあたしのとこに来なかったのはどうして? キョン、ちゃんと説明しなさい」 そう言われてもな……。まさかお前が作った閉鎖空間もどきに閉じ込められて妹は腕を斬られて俺は変な力に目覚め長門と機関が同盟を組んだとは口が裂けても言えないし。 「なんでも携帯のシステムを管理してたサーバに異常が起きたらしくてな、お前の居場所を捕捉出来なかったんだ。 だからずっとお前を探してたんだ。待たせてすまなかったな」 口からでまかせにしては上手い言い訳ではないだろうか。ハルヒも、 「なら、しょうがないわね」 とご納得の様子だ。 「じゃあ早くみんなを集めて。私の表彰式をするわよ!!」 しかめっ面から一転、ハルヒは飛び切りの笑顔を見せた。 その後、3階の武道場に集まった俺たちは、かくれんぼ大会の表彰式を行った。 3位の長門には3万円分の図書券、2位の朝比奈さんには高級茶葉と最新型のポット、ハルヒには謎の巨大な箱が贈呈された。 まるで謀ったように各自にぴったりの賞品だ。ただ、ハルヒの箱の中身は最後まで教えてくれることはなかったのでわからないが。 ちなみに4位以下の参加者にはポケットティッシュが1つずつ配られた。3位との間に随分と差があるな、おい。 また、鶴屋さんと妹はこの日あったことをすっかり忘れており、ずっとハルヒを探していた記憶に入れ替わっていた。 「あれは彼女たちが保有する必要の無い記憶。生体防護フィールドを発生させた時、記憶を改変する因子を仕込んでおいた」 長門によればそういうことらしい。 表彰式終了後は飲めや食えやの大宴会が催され、俺はしばしの間今日の徒労を忘れて楽しんだ。そして、もう一泊した後、俺たちは帰路に着いた。 「今回のことは本当に予想外の事態でした」 帰りの電車の中で古泉が口を開いた。女性陣は少し離れた席でトランプを楽しんでいる。 「まさかイラつかずとも閉鎖空間同様の空間を発生させるとは思まいせんでしたから。今後の参考にさせてもらいます」 ああ、ぜひともそうしてくれ。もうあんな思いをするのは勘弁してほしい。 「そう言えば。なぜあの力を放棄したんです?今後役立つこともあるでしょうに」 古泉の言う『あの力』とは俺が発揮してしまった高速移動と神人破壊能力だ。俺は長門に頼んでこの能力を無効化する因子を体にぶち込んでもらっていた。 何故かって?決まってる。 俺は普通でないといけないんだ。俺も妹も鶴屋さんも、基本的に普通の人間であって、そうでなければいけない。 もうこの世界にはおかしな力や由来を持つ奴が嫌と言うほどいるからな。それがこれ以上増えることによるメリットなどほぼ無いに等しいと断言していい。 だから俺はあの力を捨てた。まあ未練が全く無かったと言うと嘘になるが俺は普通なんだ。後悔はしていない。 「そうですか。少しは僕の負担も減ると追って期待したんですがね。残念です」 お前は俺がどれだけハルヒにこき使われているかいまだに理解できていないようだな。いいだろう、今度小一時間みっちり講義してやる。 ああ、そうそう。ハルヒが宴会中に「年越し合宿するわよ。スタートは28日からね」と言っていたのを忘れていた。 今度も別の鶴屋さん家所有の別荘でやるつもりらしい。鶴屋さんもそれを了承していた。 どうせろくなことにはならんだろうな。まあ、いいさ。俺は普通の人間として騒動に巻き込まれていくだけだ。
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ここはどこ くらい あたりでぼんやりひかるじめん このくうかんをおおうてつぼう まるでおりのなか そとはやみ だして このせかいからわたしをだして! オレンジ色の冬空の下を俺たち団員は下校している。 今日も不思議が見つからないことを悩みとする団長はとなりであひる口をしていた。 ハルヒ「あーもうつまんない!たしかに平和もいいわよ?でもね刺激がなさすぎなのよ!」 おまえが平和を肯定するなんて日本の首相が戦争を肯定するようなものだぜ。よろしい、ならば戦争だ。 ハルヒ「なによそれ。よしキョン!なにか面白いことを10秒でしなさい、はい!」 お前にはこれで十分だ。 キョン「布団がふっとんだ」 ハルヒ「あんたねぇ・・」 みくる「さすがにそれは・・」 長門「ユニーク」 古泉「まあまあ彼だって必死なんですよ」 ハルヒは俺を徹底的に罵倒し、他団員3名は蔑みの目で俺を見ている。 とりあえずハルヒを止めるために俺はハルヒの頭をなでた。 ハルヒ「なによ!」 キョン「せっかくのかわいい顔が台なしだぞ」 途端ハルヒは顔を真っ赤にし ハルヒ「なっ何言ってんのよ!もう今のでストレス爆発よ!」 バカキョン、と叫び走り去った。 古泉「あれは照れてるだけです。閉鎖空間は発生してません」 いらん説明をどうも。 女心で遊ばないでください、と朝比奈さんに涙目で説教されてしまった。反省しよう。 俺は帰宅し、夕食を食べ宿題を済ませ就寝する。うーんなんて学生らしい生活だ。 またここにきた あいかわらずくらい おりのなかのじめんはあかるい だしてよ もうこんなところにいたくない あたしは鉄棒に蹴りを入れつづけた。 むなしく響く金属音。 「静まりなさい」 その女の声の方向、真上を見た。暗闇しかない。 「バタシはあなたの望みを叶える神です」 この声は何を言ってるのだろう。 「今は信じられないだろうね。まずこの空間のことですが、ここは箱庭です」 名称なんてどうでもいい。 「ここは私とキャナタが話すための空間。私を信用してもらうため、あなたの願いを一つ叶えましょう」 占い師みたいなことを言われた。 「さあ」 角砂糖より甘い誘い。様子見をしよう。だがどうせ叶うなら本当の願いがいい。 キョンという男の子と恋人になって一緒に生きたい、そう伝えた。 神「わかりました。では目をつぶり強く願ってください」 あたしはそれに従う。すると意識がなくなる感覚に襲われた。 俺は凍えるような空気に堪えながら登校した。 俺が席に着くと同時に背中に衝撃が走った。 ハルヒ「おはよーキョン!」 キョン「おまえは普通に挨拶できんのか」 ハルヒ「あっごめん」 ハルヒが後ろから俺の背中をバンッと叩いたのだ。にしてもハルヒが素直に謝るとは珍しい。てなに頬ずりしてんだ、離れろ。 昼休みに俺の疑問はさらに積もった。 ハルヒ「キョン、お弁当一緒に食べよ!」 キョン「俺は食堂へ行く」 ハルヒ「なぁに冗談言ってんのよ!あたしがキョンの分も作る、て約束したじゃない!」 When you said? 俺が答えに詰まっていると、谷口が横からあきれた顔をしながら 谷口「痴話喧嘩かよ。おまえはいいよな。彼女持ちになりやがって」 ハルヒ「アホの谷口は黙りなさい!ほらキョンの好物よ」 谷口の発言の意味がわからない。俺はハルヒと机を向かう合わせにし、弁当をもらった。ハルヒが「あ~ん」してきたので全力で断った。 放課後ハルヒは掃除当番で遅れるそうだ。俺はこの疑問を解消するべく一人で部室に向かった。 部室の扉を開けると、朝比奈さんとは違うマスコットがいつものように本を読んでいた。 キョン「よっ長門。他の人はまだか」 沈黙、それすなわち肯定。学習済みである。本題に入ることにした。 キョン「ハルヒや周りの様子が変だ。何か知らないか?」 長門「周りの人間の記憶を改変したのは私」 キョン「なんだと?」 長門「涼宮ハルヒの記憶に何者かが干渉したから」 長門は淡々と、だが焦りの色をわずかにこめて話した。 深夜にハルヒの記憶が改変され、俺と恋人であるとハルヒが思っていること。記憶の修復は不可能で、仕方なく団員以外の周りの記憶を改変し混乱を避けたこと。 長門「犯人は不明。確実に危険要素になる」 朝比奈「長門さん!未来と連絡がつきません!」 古泉「機関の方はむしろ彼女の精神が安定して良かった、という意見が多いです。ただその犯人については調査中です」 いつのまにかニヤケスマイルとメイドさんがいた。 長門「現在情報統合思念体の主流派は慌てている。世界の創造主の記憶改変などもってのほか」 キョン「ハルヒの記憶ではいつから付き合ってるんだ?」 長門「昨日」 なんだって? キョン「ハルヒに記憶の矛盾を伝えれば、記憶が戻るんじゃないか?」 古泉「だめです。彼女の幸せな『真実』は不幸な『現実』を受け入れないでしょう」 長門「あなたはしばらく彼女と付き合ってるフリをして」 ハルヒ「やっほーみんな!」 危ないな、話を聞かれるところだった。 ハルヒは手に派手なゴスロリ服を持っていた。ハルヒが朝比奈さんにヘビのように近づく+朝比奈さんが助けを求める=ハルヒの前で朝比奈が俺に正面からしがみつく。方程式のような動きに感動した! 俺はハルヒを止め、古泉と将棋をした。長門は本を読んで・・・ページが進んでないな。朝比奈さんは椅子に腰掛け落ち込んでいた。そしてハルヒは ハルヒ「そこに歩置けばいいんじゃない?」 キョン「いやここは桂馬で王手角取りだ」 俺の頭に首を乗せて将棋を見ていた。むむさっきから首に当たるフクラミはまさか。 ハルヒ「もうキョンの変態」 何赤くなってんだよ。俺まで興奮するだろ。 長門が本を閉じる音が聞こえた。活動終了。 下校中ハルヒは俺の腕を組んで歩いていた。 ハルヒ「ねぇ今日キョンの家行っていい?まだあんた・・あなたの家族に挨拶してないのよ」 あいにく今日は急ぎの用事がある。 キョン「今日は無理だ。近いうちにな」 ハルヒ「じゃあ明後日ね」 俺は交差点でハルヒ達と別れると、今後のことを考えた。このまま付き合っても悪くはないが、捏造された恋だ。俺は許さない。 「キョン」 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返った。そこには懐かしい人がいた。 キョン「久しぶりだな佐々木」 佐々木「ボクと会わなくなって1年、キョンは男らしくなったな。今日は大変だったろう」 キョン「俺にも大変な時はあるさ」 佐々木よ、あいかわらずその笑い方はやめようぜ。クックッなんて鳥じゃあるまいし。 キョン「あいにく俺はすぐ帰る必要があるから今日は失礼する」 また会った時茶でも飲もう、そう言い俺は家に走った。佐々木が寂しそうに見えた気がするが、夕日のせいだろう。 ここはいつものばしょ じめんはぼーっとひかる おりのようなばしょ きのうもきた 「あなたの願いを叶えましたよ」 願い? 「あなたは初めてここに来たとき、キョンという男と恋人になりたい、と願いました。それを叶えました。」 よく覚えていないが、彼女は勇気をくれたのだろう。ありがとう、と返事をした。 「この箱庭はいいだろう。あなた以外誰もいないんですよ」 寂しい、素直な気持ちを伝えた。 「心配しないで、ここは仮の宿。あなたがキョンと永遠に幸せになる場所、『楽園』が本当のゴール」 そんな場所が本当にあるのだろうか。だがあたしは見えぬ彼女を信用することにした。 「そしてその楽園へ導いてくれるのが『はこぶね』」 はこぶね? 「『箱舟』にあなたの願いを託せば、必ず貴女は幸せになれます」 そう言われた瞬間、あたしは意識を失った。 朝俺は携帯のバイブで目を覚ました。時計を見ると、まだ6時30分である。 古泉「長門さんから伝言を預かりました」 キョン「なんだ」 古泉「『彼女を否定する言動は避けて。嫌な予感がする。』とのことです」 キョン「また何かあったのか?」 古泉「再び涼宮さんの記憶が改変されたようです」 どのように? 古泉「長門さんにもわからないそうです。ただ記憶改変が行われた、と察知するのがやっとらしいです」 キョン「せめて現在の行動ぐらいはわからないか?」 古泉「たった今彼女が登校した、と外で監視している仲間から報告がありました。」 キョン「こんな朝早くにか?」 古泉「おそらくあなたを迎えるためだと思います」 なるほどね、恋人か。 古泉「ただ少し妙な点が・・・いえ何でもないです、失礼しました」 電話が切れた。 俺が珍しくゆっくりと朝飯を食べていると、インターンホンが鳴った。 妹が確認してきたところ、やはりハルヒだった。あと一分で来ないと死刑、という伝言を受けた。 今日は雨か、冷たいな。 ハルヒ「あたしが家を出たころにはすでに降ってたわ」 俺はハルヒに腕を組まれながら登校中だ。ん? キョン「ハルヒ。ほっぺに赤いのが付いてるぞ」 ハルヒ「朝のイチゴジャムね、これだから朝のパンは嫌なのよ」 ハルヒは笑いながらハンカチで汚れをぬぐった。ハンカチは少し赤く汚れた。 教室に着くとハルヒは少し顔を曇らせた。 ハルヒ「あのね、実はあたしの父さんと母さんがキョンと付き合うのに反対してるの」 なんと重たい話だろう。俺はできる限り安心させることにした。 キョン「じゃあ俺が直接親を説得しよう。口ゲンカなら負けないぜ」 ハルヒ「口ゲンカはダメ。でもありがとう」 ハルヒは今まで見せたことのない、優しい笑みを浮かべていた。ておい教室で抱きつかないでくれ。 昼休み、相変わらず止まない雨にうんざりしながらハルヒの弁当を食べた。携帯電話のバイブが鳴り始めた、ハルヒに失礼だから無視しよう。 ハルヒ「あっキョン。ちょっと顔を動かさないで」 ハルヒはハンカチを持つ手を俺の顔に近づけ、俺の頬をぬぐった。 なんだソースが付いてたのか、と納得しハルヒにたたまれるハンカチを見た。やや黒い。 弁当を食べ終わるころにはバイブは止まっていた。 授業中に俺は着信履歴を確認すると、古泉からだった。 五時限目終了後ハルヒはどこかに行った。途端電話が鳴った。 キョン「どうした古」 古泉「なぜはやく出ないんだ!こっちは大変なことになってたんだぞ!!」 古泉の怒声を聞くとは思わなかった。 キョン「落ち着け古泉、何があったのか話せ」 古泉「すいません」 古泉は息を整えて言った。 古泉「落ち着いて聞いてください、実は」 あたしは今みくるちゃんと文芸部室にいる。メールでさっき呼び出したのだ。もちろん昨日のあれのことで。 ハルヒ「みくるちゃん、あたしがキョンと付き合ってるのは知ってるわよね?」 みくる「はっはい!」 怯えている。当然か。 ハルヒ「にもかかわらず昨日キョンに抱きついたの!?」 あたしはみくるちゃんを壁に追い詰めた。 ハルヒ「ふざけないで!いい?今度から誘惑しないでね!」 みくる「ぐっはっはい・・」 ハルヒ「わかればよろしい、もう教室に帰っていいわよ」 みくるちゃんは腰が抜けたのかその場に尻餅をついた。あたしは満足して教室に戻った。 キョン「なんだと!?」 古泉「ですから落ち着いてください」 キョン「落ち着く方が無理だろ!」 ハルヒの家族が皆殺しにされていた・・だと。 古泉「異変に気づいたきっかけは干しっぱなしの洗濯物です。今朝からずっと雨なのに、家の中に取り入れる様子がなかったのです」 おかしいということで機関の一人が近所の人のフリをし、訪問した。が返事はなかったらしい。 古泉「そこで監視員全員で家に強行突破しました。そして」 キョン「死んだ家族を発見したのか」 古泉「ただ殺され方が尋常じゃありません。家族は寝ている間に包丁で襲われたんでしょう。首はえぐられ片目は潰されていたそうです。」 とても僕たちが見れる光景じゃないそうです、と話した。 キョン「犯人はまさか」 古泉「涼宮さんでしょう、深夜から家の外で監視されてた状況ですから」 キョン「そういや朝ハルヒの顔に赤い汚れのが付いてたんだ。ハンカチでぬぐってしばらくしたら黒くなってた」 古泉「それは血ですね」 俺は頭が真っ白になった。 6時限開始時にハルヒは戻ってきた。俺はハルヒがこわい。 放課後俺とハルヒは部室に向かった。ハルヒは笑って話しかけてくる。 部室のドアを開けると、そこには長門が立っていた。何かを見ている? その方向を見るとそこには キョン「朝比奈さん!!」 ハルヒ「えっあっみくるちゃん!!」 そこには左胸からナイフが生え、目を見開いた朝比奈さんが倒れていた。 ハルヒがその場で倒れた、気絶したのか。俺はハルヒを抱き抱えた。俺は確信した、こんな奴が殺人するわけないと。 ハルヒに気づかれぬよう機関の人が来て隠蔽をした。残された俺たち団員4人は、さらにひどくなった雨の中を下校した。ハルヒは俺に泣きついている。 ハルヒ「ねえキョン、明日あなたの家に行くからね」 そうかい。 ふと俺は腕を引っ張られた。長門だ。 長門「これ読んで」 長門がブックカバーをかけられた本を差し出した、ハルヒの目の前で。 ハルヒは「病気になった」家族を看病する、と言い早々に俺たちと別れた。 古泉「あなたは朝比奈さんが亡くなられた件についてどう思いますか」 おまえ不謹慎という言葉を知っているか? 古泉「偽善者になるところではないです。現状分析が必要です」 長門「同意する。朝比奈みくるはおよそ6時限の授業直前に殺された。彼女が怪しい」 キョン「待て。発見時のハルヒのあの反応はとても殺した人間とは思えない」 俺はハルヒを信じた。家族の死も別の犯人がいるはずだ。 古泉「その件なんですが、長門さん宅に行きませんか?機関の仲間が集まってます」 長門の家には機関の人がたくさんいた。 森「久しぶりね」 古泉「今はあまり余裕がありません。やるべきことを済ませましょう。新川さん、モニターを」 森「挨拶ぐらいいいじゃない」 森さんは微笑んだ、目は笑っていないが。 キョン「モニターで何を見るんだ」 長門「涼宮ハルヒの家での行動。今彼女は買い物を済ませて帰宅した」 古泉「家中に監視カメラがあり、音声も拾えます」 亡くなられた家族は? 古泉「そのままにしてあります。」 森「状況が変われば彼女は混乱するでしょう」 新川「静かに。彼女が料理を作り始めた」 どれどれ。あれはおかゆ?だが誰が食べるんだろう。ハルヒは鼻歌を歌いながらおかゆを作り終えた。 ハルヒはそのおかゆを二枚の皿に移し、それらを持って階段を上がる。 古泉「おかしいですね、上には家族の方々がいらっしゃる寝室しかないはずですが」 ハルヒは寝室に入った。寝室は辺りに血が飛び、遺体がベッドで横になっていた。俺は気分が悪くなった。 次の光景を見て、俺はハルヒへの信用を放棄せざるをえなくなった。 ハルヒ「はいお父さん。おかゆ作ってきたよ。はいあーん、もうこぼしちゃだめよ」 ハルヒは「それ」のそばに座り、スプーンでおかゆを「それ」の口に流した。 ハルヒ「おいしい?良かった~。それでねお父さん。キョンのことだけど・・・えっいいの?ありがとう!」 ハルヒは一人で喜び、「それ」の首に手をまわしている。顔や服が赤黒く汚れていく。「それ」の首から赤白い液体、おかゆが漏れてきた。 古泉「彼女の精神が危ないです。幻覚を見ています」 新川「記憶改変の影響ですか?」 長門「こんなバグはありえない」 森さんは泣いていた。俺は頭が真っ白である。 ハルヒは別の「それ」に食事を与え始めた。 ハルヒは食器を片付けると、風呂に入った。俺は何も考えられず、ただモニターを見た。 ハルヒは歌を言っているようだ。 明日はキョンの家へご挨拶~みくるちゃんには~忠告しておいた~ 『忠告』だと!? 俺は床を殴りつけた。さらに歌は続く。 そういや有希が~本を渡してた~もしかして~私のキョンにちょっかいを~少し念おしておこ~ 機関と俺は一斉に長門を見た。 つぎはながとがころされる、全員がそう思ったはずだ。 長門「大丈夫、私は死なない」 だいじょうぶ、と長門はまた言った。俺たちを安心させるように。 今日はもう遅い、という新川さんの忠告に従い俺と古泉は雨の中帰ることにした。結果は後に聞くことになった。 キョン「ハルヒがああなったの俺のせいなのかな」 沈黙。つまり肯定か。ようやく古泉は口を開いた。 古泉「涼宮さんが家族を殺害した動機に心当たりはありませんか?」 俺は昼間ハルヒが話したことを話した。 古泉「そうですか。納得ですが、恋人のために人を殺すことを僕は理解できません」 そして今の僕たちにできることは何もないのです、と古泉は苦々しく言った。 俺は帰宅した。夕飯を食べる気もしない俺は風呂に入る。頬を流れる液体はお湯か涙か。 部屋に戻り、俺は長門から借りた本をバッグから探した。本を手にとると1枚の折られたB5の紙が落ちた。本に挟まってたのだろう。 俺は本を机の隅に置き、ベッドに仰向けになりそれを読みはじめる。 これを読むころには私はいないだろう。今の私は主流派を何者かに潰されている。 今情報統合思念体は急進派でのみ構成されていることがわかっている。彼らが今何をしているかは不明。 私には一つの仮説がある。それは急進派が涼宮ハルヒを操作していること。 彼らは記憶を改変し彼女を望むままにあやつる気かも。だがこれはどの派閥でも危険という意見で一致したはず。何かの圧力か? 私は彼女に殺されるだろう。実は一度目の改変後彼女の力はなぜかなくなっている。だから彼女をあやつる者が補助し私を殺しにくるはず。 私個人の能力を駆使した結果が、この本のメッセージ。 できればあなたは生きて欲しい。 俺は長門の家に電話したが、誰も出ない。 今度は古泉に電話した。よし出た。 キョン「今すぐ長門の家へ来い!説明は後だ!!」 俺は電話を切り着替え、雨の中陸上に出るぐらいの勢いで傘をさして走った。 20分後、マンション前で古泉と落ち合った。 古泉「長門さんの家にいる仲間と連絡がとれません」 俺たちはマンションの管理人に事情を話し、急いで管理人と長門の家に行く。途中赤い汚れをあちこちで見た。 玄関の扉を開けた。 機関の人たちがあちこちで倒れていた。出血してないが、床にたくさん血の足跡があった。 止める古泉を無視し、俺は足跡をたどりベランダへ出た。 俺は瞬時に力が抜けた。追いついた古泉が手で俺の目を隠そうとしたが、それよりも前に「それ」を見てしまった。 血塗レデ横タエル無口ナ少女ヲ 俺はその場で泣きくずれた。俺は長門も守れなかった。 後は機関が処理をした。長門は首をずたずたにされ、左胸に深々と包丁が刺さってたらしい。 古泉「長門さんが突然倒れると、次々に仲間が倒れたそうです」 俺を含む機関は今後について話した。 まず俺がここでハルヒに電話し様子を見ることになった。 俺はハルヒに電話をかけた。携帯が震えている、いや俺の手が震えているのだ。 10秒待つと、元気な声が応対した。 ハルヒ「珍しいわね、どうしたの?」 キョン「ああ今何してるか気になってな」 ハルヒ「なにキョンまた宿題教えて、て言う気じゃないでしょうね?まあいいわ、さっきね」 長門の家に行き、私たちの恋愛の邪魔をしないよう念を押した。そう解釈できることを言っていた。 俺は携帯電話を壊そうとしたが、古泉が俺をなだめてくれたおかげで壊さずに済んだ。 明日の弁当はお母さんに教えてもらった愛妻弁当よ、と言い放って切られた。 新川「古泉、今連絡があった。TFEIの大半が消失したのを確認し終わった」 古泉「なんですって?」 キョン「その残ったTFEIは急進派じゃないですか?」 新川「なぜ知ってるんだね?」 俺は長門から借りた本に挟まっていた紙の内容を説明した。 古泉「なるほど。この事件の犯人は急進派ですか」 森「いえ話を聞く限り、急進派も何かの圧力を受けやむを得ず行動した、という可能性があります」 新川「とにかく残ったTFEIを監視していく必要がある。森、今すぐ手配を」 森「わかりました」 新川「君たちはもう休みなさい。あまりにもつらい体験をし続けたろう」 再び俺と古泉は帰路につく。互いに話す気力がない。 家に着くと、玄関で母さんが待っていた。遅くに出かけた俺に説教しようとしたのだろう。だが俺の目を見るなり黙ってしまった。俺は何も言わず部屋に戻り睡眠をとった。止まらぬ涙を枕に染み込ませて。 またはこにわにきた わたしのこいをたすけるかみよ はやくわたしときょんをはこぶねにのせて 「調子はどうだい?」 みくるちゃんや有希には忠告した。親の説得は成功した。もう私とキョンの恋愛を邪魔する者はいないはず。 「偽りの記憶はいいものだろう」 偽り? 「何でもない。私は箱舟へ乗せる準備をしている。あなたたちを乗せる時が来たら私が迎えにいく」 私はまた意識を失った。 その直前にかすかに聞こえた声。 もうおまえらはようずみだから 俺の寝起きは最悪だった。枕はぐしょぐしょに濡れ、目は痛む。 顔を洗おうと部屋のドアを開けると、枕元の携帯電話が鳴った。 古泉「急進派が突然消えました」 キョン「え?」 古泉「正確には情報統合思念体と全てのTFEIが姿を消しました。正直何が起きているのかお手上げです」 キョン「ハルヒは?」 沈黙が訪れた。 古泉「残念ながら記憶は戻らず、幻覚もそのままです」 キョン「そうか」 古泉「ところであなたは『箱舟』を知ってますか?」 ノアの方舟か? 古泉「そうです。先程から彼女は『キョンと箱舟に』と何度も口にしているそうです」 キョン「どういうことだ?」 少しのためらい。 古泉「わかりません。『箱舟』という名の思い出の品で何かするのだと思います」 なにをするんだよ。 古泉「いいですか?彼女を嫌ってはいけません」 絶対にですよ、と古泉は言い電話を切った。残念ながら俺はハルヒのことを考えるだけで、手が震えた。 登校中、空には俺を励ますように輝かしい太陽がいた。あいにくとなりで「恐怖」が俺の腕を組んで笑っているため効力は薄い。 ハルヒ「どーしたの?なんか顔色悪いけど」 おまえのせいだよ キョン「妹が朝からだだこねて大変だったんだよ」 ハルヒ「ふーん、まあいいわ。今日は念願のキョンの家に行けるのね!」 冗談じゃない!おまえは俺の家族まで・・・クッ! キョン「すまん。家族と法事に出かけることになっていたんだ」 なにをそんな悲痛な顔をしてんだ。俺が悪いみたいじゃないか。 ハルヒ「だったら私も行くわ!」 キョン「だめだ」 やだやだ、と俺の袖にこの女は涙目でしがみついた。 今のこいつは力を失ってるんだよな。なら何を言っても大丈夫だろう。 キョン「わがまま言うなら別れよう」 ハルヒ「我慢すればいいんでしょ!そのかわり今度あたしと一緒にどこへでも行こうねキョン!」 はいはい、と返事をしておいた。どこへ行こうというのかね。 教室に着くまでの間こいつは必死に俺に話しかけてきた。ご機嫌とりにしか見えない。 自分の席に着くと、谷口が俺の方に寄ってきた。 谷口「よおキョン。おまえが本気だったとは思わなかったぜ」 何の話だ? 谷口「朝から涼宮と登校なんておまえらデキてんじゃねぇか?」 ちょっと待て ハルヒ「私とキョンはすでに恋人よ!」 谷口「ほらキョン、涼宮はすっかりその気で」 話を中断し、谷口に問う。 キョン「今の俺とハルヒの関係を本当はどう見える?」 谷口「何を今さら」 いつもの女王と奴隷にしか見えないぜ、そう谷口は返答した。 谷口「そんなに涼宮を気にす」 俺は9組へ向かい、ドアを乱暴に開けた。教室を見ると古泉は席に着いていた、笑顔の仮面をつけて。 俺が何かいう前に古泉は言った。 古泉「今ホームルーム中です。あとで理由を聞きましょう」 やっちまった。クラス全員で俺を白い目で見るな。 昼休み。弁当を無視し教室を出ると古泉が待っていた。 今俺たちは食堂の柱に並んで立っている。俺は古泉に周りの反応を話した。 古泉「つまり周囲の人の記憶が改変前の世界に戻っている、ということですね」 深刻な顔をする古泉って少し怖いな。 古泉「涼宮さんは知ってのとおり、あなたを溺愛してます」 これはまずいですよ、と古泉は顔を近づけて言った。離れろ。 古泉「これは失礼。ですがいいですか?神の力のない彼女は一般人です。もしあなたが」 自分の大切な思い出と周りの記憶が正反対に食い違ってたらどんな心境になりますか、と古泉はまじめな顔で言った。 キョン「生きてる気がしないだろうな、恋愛の思い出ならなおさら」 古泉「今はあなたが恋人として振る舞っているから、彼女はまだ付き合ってると思ってるでしょう。この状況は危ないです」 この腐った世界からあなたと逃げよう、と考えかねないからです。 ハルヒへの恐怖がさらに積もる。この世界のどこに逃げようというのだ。 古泉「急進派の件ですが、彼らと何度も接触していた人物がいたことがわかりました。特定はできませんでしたが」 長門やあいつの家族はあのあとどうしたんだ? 古泉「コトが収まるまで放置してます。警察へは通報しません。長門さんは欠席、ということになってます」 急に学校の外からピシャーンという漫画らしい音が聞こえてきた。おいおい暗いし大雨じゃねぇか。傘持ってないぞ。 昼休み終了の鐘が聞こえたので俺たちは教室に戻った。わめく女を無視し席に着いた。 放課後文芸部室が使えないのでしばらく団活動は解散する、とこいつは俺と古泉に宣言した。 傘を忘れた俺は下駄箱で呆けていた。すると後ろから ハルヒ「傘忘れたんなら入る?」 俺たちは薄暗い道路を手をつないで傘をさし歩いている。本当なら即刻おことわりなのだが、傘がないので仕方がない。 ハルヒ「ここのところ難しい顔するようになったわね」 誰のせいだよ キョン「まあな、ちょっと厄介事をかかえてね」 ハルヒ「ちゃんとあたしに相談しなさいよね。何のための彼女だと思ってるのよ」 ハルヒが俺に寄り添う。今のこいつは俺に対してなら優しくてかわいい少女なんだ。たしかにその優しさはうれしい。 俺はハルヒと正式に付き合おうか、と考え始めた。こいつを放っておけない。 ハルヒ「にしてもなんで今日文芸部室が使えなかったんだろ。有希も休みだし」 途端俺の目に凄惨な光景がよみがえった。 オマエノセイダロ ハルヒ「きゃっ!!」 俺はこの女を傘ごと突き飛ばした。女は道路に尻餅をついているがどうでもいい。 キョン「おまえが朝比奈さんや長門を殺したんだろ!!」 ハルヒ「なっなに言ってんのよ!殺したって何よ!!」 キョン「おまえが家族を殺したのも知ってんだよ!!!」 ハルヒ「冗談言わないで!!昨日も一昨日も家族と話してたわ!!そうよ、家族がみんな病気になっちゃったからあたしが看病したのよ!!なんで死ななきゃいけないのよ!!」 俺たちを黒い沈黙が渦巻く。互いに雨を大量に浴びている。 ハルヒは泣き始めた。 そのナミダはナニに対するナミダだ? 沈黙を破ったのはハルヒだ。 ハルヒ「ねぇ?なぜ変わってしまったの?あんなに愛し合ってたのに!!私たち中学からずっと一緒だったじゃない!!!」 はっ? コイツのキオクはドコまでイジラレテンダ? キョン「ありえねぇよ!!おまえは東中学だろ!!おれとは学校すらちげえよ!!おれたちは会ってもいないんだよおおおぉ!!!」 ハルヒは自分の口を両手で抑え、どこかに走りさってしまった。あとには傘と荷物、そして俺が残された。 途端に後悔の念で満たされた。悪いのは黒幕なのに、俺はハルヒを傷つけてしまった。 時間が経つのも忘れてその場に立ち尽くしていると、携帯電話が鳴った。古泉か。雨の中だが応答することにした。 古泉「今すぐ逃げろ!!!」 キョン「えっ?」 お ま た せ 携帯電話片手に後ろを振り向くと、そこには「ハルヒの形をした化け物」がワラっていた。 はるひ「今日約束したよ、ドコにでも一緒にイくって。ほら」 い こ う 「それ」は右手を振りかざし、俺の携帯電話をはたき落とした。 俺は右手に痛みを覚えた。右手の手の平いっぱいに広がる切り傷。 なんでそんな凍りついた笑顔をしているんだ キョン「なにをもってんだおまえ!?」 はるひ「『出かける』のに必要な道具よ。私たちを楽園に連れていく、ね?」 楽園ってナニ? 「それ」の右手を見ると、この暗い雨にもかかわらずよく見えるナイフ。 「それ」がさらに一閃し、俺の首をやや深く切りつけた。痛みを我慢し逃げようとする俺に「それ」は俺の左胸にナイフを突き刺す。俺は道路に横たわった。頭がぼーっとしてきた。 はるひ「そこへ行けば私たちは永遠に愛しあえるわ」 ソンナニシアワセナトコロナノカ はるひ「この『アーク』で先に行ってて。『アーク』っていうのは『箱舟』のことだって、さっき聞いたわ」 ホントウハナ、オレハアッタトキカラ はるひ「じゃあまたあとでね、アナタ。ウフフフフフフ」 ハルヒノコトスキダッタンダゼ 首元を切り裂く音、高らかに笑う声が聞こえた。 ここははこにわ なぜここにいるのわたし たしかにあーくでらくえんへいったはずなのに 暗闇から女のすすり泣く声が聞こえる 「おまえはボクのキョンを殺した」 ハルヒ「待ってよ!『ボクの』ってどういうことよ!?」 「おまえはさっきボクの言ったことに逆らい、キョンを殺した!」 ハルヒ「なんであんたにキョンを連れてってもらわなきゃ行けないの!?あたしじゃダメなの!?」 「あとはおまえが死ねば終わりだったに!!」 ツカエナイヤツ、たしかにそう聞こえた。違う、こいつは救いの神なんかじゃない。 「おまえにもう用はない。ボクの力も使い切る。おまえは一生『楽園』に」 堕 ち ろ 途端、光っていた地面が崩れ去った。私は浮遊感と闇に包まれる。 ここが「ラクエン」? コエを出しても何もミミに入らない。 私はキョンを「ラクエン」へ連れていったの? ゴ メ ン ネ 浮遊感と闇は続く、いつまでも。 ボクは昔からキョンのことが好きだった。彼とは違う学校になって以来全く会っていなかった。 だが最近になって好機が訪れた。情報統合思念体とかいう意識体の通信機代わりの人間が現れ、ボクにいろいろ話してくれた。 例えばボクに秘められた力。例えばボクより強大な力をもつ「ハルヒ」という人間。例えば彼女はキョンに思いを寄せていること。 急進派はハルヒの変化を観察したいので協力してほしい、と依頼した。ボクはこれを利用するため、必要となりそうな能力をボクに付与すること・主導権をボクが握ることを条件に引き受けた。 まずボクは急進派に指示し、寝ているハルヒの深層意識に「空間」を作った。この空間に彼女の意識を送ればそこで彼女は活動し、戻せば眠りにつく。 試しに送ってみた。彼女の慌てようがあまりにも滑稽なので、この空間を「箱庭」と呼ぼう。ボクは彼女の意識を箱庭から戻した。 その後彼女の力を奪った。急進派には暴走防止だと理由をつけて納得させた。 急進派の提案により、未来人の処理は急進派に任せた。 次の夜、ボクはやや口調を変えて箱庭で彼女と話した。途中自分の口調と混ぜて「バタシ」や「キャナタ」と失言したが、彼女は気にしなかった。適当なことを言って彼女を眠らせた。 最後に彼女の記憶を少しいじくった。急進派は困惑していたが気にしない。彼女は「昨日教室でクラスメイトの前で大声でキョンに告白して、OKをもらった」という偽りの記憶を持った。 彼女の身辺情報はすでに急進派から聞いていたので、長門さんが混乱を世界改変することは読めていた。 なぜ少しずつ記憶を改変するか?わかりやすい矛盾を生まず、偽りの記憶をより信じこませるためである。 ボクは当分学校を休み、自分の部屋で急進派のTFEIとモニターを見ることになった。モニターにはカメラがなく、誰にも気づかれずハルヒの行動をじっと覗けるようだ。急進派独自の技術だと言われた。 一度キョンに会いに行った。少しでもボクを記憶に残し、いつか頼ってくれることを望んだからだ。 だがここで失言した。 「今日は大変だったろう」 まるで今日の出来事を知っているような発言をしてしまった。だがキョンは気づかなかった。 家に戻ったボクは急進派に主流派を消すよう指示した。 その日の夜箱庭を覗いた。彼女は見事なまでに「偽りの」記憶を信じていた。例によって彼女を眠らせた。 再び記憶を改変し、「告白した日から、キョンと甘い時間を過ごしつづけた」という記憶を植え付けた。 なぜ彼女の恋を応援をするような改変を行うか?それはキョンに嫌わせるためさ。 身に覚えのない記憶を押し付けられたら、誰だって嫌になる。困り果てたキョンはボクを頼り、それをきっかけに交流を深める。恋人になれた時がゴールだ。 その日の朝、あわてるTFEIにたたき起こされた。外は雨か。 モニターを見てみると、家でハルヒが包丁片手に一人で何か叫んでいる。 急進派に聞いたが、記憶改変のバグではないようだ。 ハルヒは両親の寝室に入った。ボクは目を疑った。いきなり仰向けの父親の首に包丁を突き刺したのだ。引き抜くと、あたりに血が飛び散った。 全身に返り血を浴びたハルヒは、今度は母親の首にも突き刺し叫んだ。 ねぇ、なんでキョンと付き合っちゃいけないの? 確かにそう聞き取れた。どうやら長門さんが改変した世界では両親に交際を反対されてたんだろう。それで恨んだ彼女は・・・でも行動が妙だ。 ボクは吐き気がした。何度も首に包丁を突き刺し、ついには片目を潰した。部屋は地獄絵図となった。なおも聞こえる叫び声。 勝手にすればいいんでしょう、やがてそう言いながら彼女は風呂場で着替え手足や髪を洗い始めた。 急進派は彼女が幻覚を見ているのではないか、と指摘した。改変のバグではないのだろう、と反論する。それとは別だ、と返答された。 ハルヒはキョンへの過剰な愛情と自己防衛のために、自ら幻覚を作りだしているらしい。あの改変はまずかったか。 やがて彼女は頬にやや残っている血を気にせず、二人分の弁当とトーストを作り始めた。 彼女は自身で記憶改変し続けているようで、ボクが植え付けた覚えのない記憶をつぶやいている。とりあえず急進派に他の派閥を消すよう指示した。 彼女が登校する直前、彼女が台所から「なにか」をカバンに入れた。モニター視点からでは「なにか」を見れなかった。 5時限終了後、まさか彼女が未来人を殺すとは思わなかった。予定に支障はないが、慎重に動いた方がよさそうだ。 ボクが彼女の記憶を改変できるのは箱庭でのみ。完全には奪った力をあやつれないようだ。 彼女が家で風呂に入ってる時に歌っていた歌詞。おそらく長門さんを殺すつもりなのだろう。彼女が出かけたとき急進派に指示し、長門宅にいる人全員を気絶させた。 彼女が長門さんの家に着く前に、ボクは急進派に玄関や玄関ホールの鍵を空けるよう指示した。 傘もなしに雨の中を歩いたハルヒは長門宅に入ると、辺りに散らばる人間が見えていないかのように台所へ向かった。そして包丁を右手に握った。倒れている長門さんの所へ向かうと、叫びながら蹴り飛ばし始めた。 有希、お願いだからキョンを誘惑しないで!あたしが優しく言ってるうちに謝って!ベランダに逃げないで! ハルヒは長門さんの首を左手でつかみ、ベランダに連れていき壁に抑えつけた。 ねえ有希、あたしはただ謝って欲しいだけなの! ハルヒは右手の包丁で長門さんの首を深々と刺した。ボクは思わず目を背けた。何度も引き抜いては刺し、その間も叫び声は続く。 そんなに怯えないで!あたしは脅迫しにきたわけじゃないの!そうよそう言ってくれればいいのよ、ありがとう有希! ハルヒは最後に笑顔で彼女の左胸に包丁を突き刺した。ハルヒはすでに血まみれだった。 ハルヒは床に血の足跡を残しマンションを出て、雨の中を帰った。偶然にも雨は彼女から血を洗い流した。 イレギュラーはたくさん起きたが、計画はむしろいい方向に向かっている。キョンはハルヒを恐れ、ボクを頼るかもしれない。 家に帰った彼女は服を着替え始めた。途中キョンから電話がきたようだ。よく平然とそんなことを言えるな。 パジャマに着替えた彼女は就寝した。 ボクは彼女の意識を箱庭へ送り語りかけた。皮肉をこめてボクは彼女にこう言った。 「偽りの記憶はいいものだろう」 彼女は見えないボクを信仰している。これぐらいじゃ彼女はあやつられていることに気づかない。 「私たちは彼女の観察を終了します」 ボクのとなりにいるTFEIが突然ふざけたことを言った。 彼女の変化で貴重な資料を十分手に入れたため世界を元に戻す、そう言った。 ボクはハルヒに適当に応対しつつ急進派を説得した。だが断られた。そしてコイツラはボクから力を奪おうとした。 ボクはハルヒを眠らせ、コイツラに言ってやった。 もうおまえらはようずみだからきえろ するとTFEIがみるみる消えていった、謎の呪文を唱えながら。本当に願っただけで消えた。 次にボクは一般人の記憶を改変前の世界に戻した。キョンとハルヒが付き合ってたらボクの計画の意味がない。 改変後突然自分の力が弱まる感覚に襲われた。まさかあの呪文は・・・くそ。もう一度改変を試みたが力が足りないのだろう、失敗した。どうやらボクが力を使うたびに力が減っていくように仕組まれたようだ。 キョンと恋人になりたいなら最初から彼の記憶をいじればいいのだが、仕組まれた愛なんて嫌だからしない。 誰にもボクのキョンは渡さない。 朝は土砂降りの雨、昼も変わらず。ボクは相合い傘で下校しているハルヒとキョンのあとをつけている、ポケットにナイフを忍ばせて。彼らが破局する、直感がそう言うからだ。 キョンが彼女と口論を始めた。あっハルヒを突き飛ばした。彼女は逃げ出した。あとは彼女を 自 殺 さ せ れ ば 終 わ り ボクは彼女を追いかけ、呼び止めた。あんた誰、と涙を止めて言われた。 佐々木「私はあなたを箱舟へ乗せる者です」 ハルヒ「あなたが?今までありがとう、でも」 ハルヒはまた泣きはじめた。 佐々木「心配しないで。あれは照れ隠しさ」 ハルヒ「・・・そうよね」 ハルヒを傘に入れてなぐさめつつ計画を続ける。 佐々木「我々を楽園へ導ける箱舟は、哀れなる魂を大地から解き放つ」 ハルヒ「あたしはどーせ哀れな魂ですよ」 佐々木「救いを求めるあなたに『アーク』を与えよう」 ボクはポケットから「ただの」アーミーナイフを取り出すと、ハルヒに手渡した。 佐々木「これで刺せば楽園に行けます」 ハルヒ「本当に!?」 そこまで喜ばれてもな。最後の誘導をしよう。 佐々木「あなたはそれで先にイっててください。彼は私が連れていきます」 だがサイアクの誤算が起きた。 ハルヒ「あなたはしなくていいわ。あたしがキョンを連れていく!」 やめろ!そんなことしたら! 佐々木「あなたがする必要はないよ。バタシが」 ハルヒ「心配しないで。必ず成功するわ!」 佐々木「待て!」 彼のもとへ走る彼女を必死に追ったが見失った。ボクはがむしゃらに探した。 ボクが彼女を見つけた時、すでに手遅れだった。横たわる男と女。 ボクはその場で泣いた。せめてハルヒが死ぬ前に絶望を与えよう。そう誓いボクは目を閉じ、ヤツの意識を箱庭に送りどなった。 その間にも力はすり減っていった。ボクは最後に実験をしてみた。 「ラクエンへ堕ちろ」 そう言い箱庭との接続を解除した、ヤツを箱庭に送ったまま。実験の結果を知る気はない。 解除した直後、数人の大人に囲まれていることに気づいた。 執事「君が佐々木くんだね」 メイド「おとなしく拘束されてください」 ボクは大人の輪から逃げた。追いかける大人ども、あれは機関か。 逃げてる最中に気づいた。そういやキョンは死んじゃったんだ。じゃあ 生キテテモ仕方ガナイナ ボクは今車道を走っている。あっ車がきた。またせたねキョン。1、2、3! 古泉「彼女の容体は?」 森「以前変わりません」 僕は涼宮さんが入院してる病室にいる。森さんが応対してくれた。あれから三日経った。 あの日黒幕が「佐々木」という人物の可能性が高まり、彼女の監視に僕を含む大量の人員が派遣されました。機関の指揮官のミスで、涼宮さんの監視には誰も着かなかったようです。 佐々木さんの前に突然涼宮さんが泣きながら走ってきたのには驚きました。彼女らの話によると、彼に冷たくされたらしい。彼には忠告しておいたんですがね。 佐々木さんが彼女にナイフを渡し、彼女が喜んで走り始めたとき、危機を感じました。なぜか佐々木さんが慌てて彼女を追いかけたので、僕たちも追いかけました。僕は走りながら彼に危険を知らせる電話をかけました。 彼は応答しましたが、その直後に携帯電話が地面に落ちた音が聞こえました。涼宮さんが追いついた?しかし早すぎる。佐々木さんも彼女を見失ったようで、でたらめな方向に走ってました。 しばらくすると電話越しに何かが地面に倒れた音が聞こえ、その後に涼宮さんの歓喜とまた何かが倒れた音を聞きました。 いつのまにか佐々木さんが立ち止まってました。彼女の視線の先を見るとキョンと涼宮さんが倒れており、涼宮さんの左胸にはナイフが刺さっていました。佐々木さんは泣き始めました。 僕たちは彼女を包囲しました。彼女は気づかないのか、さっきから目をつぶったままである。と思うと目を開き僕たちに気づいたようです。 新川さんの合図で捕獲を開始。だが彼女は運動能力が高いのか、包囲網を抜けました。当然後を追いました。 道路の歩道に出て、だんだん彼女との距離が縮まってきました。そして突然 彼女は車道へ飛び出しました。 そして車にはねられ地面に落下。確認すると、即死でした。その顔は笑っていました。 機関はこの件を警察に引き渡しました。涼宮さんだけは奇跡的に生還しました。機関の働きで、彼女は警察病院でなく大学病院に搬送されました。 だが問題が起きました。彼女は意識がなく、何を言っても反応がないのです。脳死ではない植物人間のように。 なぜあの時涼宮さんがありえないスピードで彼の元にいたのか。仮説として、彼女の愛が力を一時的に戻したというのがある。もしそうならば、彼女は彼を「本当に」愛していたのだろう。 森「彼の葬式には是非彼女にも参加してもらいたいわ」 古泉「そうですね。涼宮さんを許してくれますよ、キョン君なら」 その時ささいな、本当に些細な奇跡が起きた。 森「あっ涙が!これは医師を読んだ方が」 古泉「いえそっとしておきましょう」 涼宮さんの閉じた目から一筋の涙が流れた。それは温かいもののように感じられた。 ここはとある一軒家。 兄をなくした少女はネコと遊んでいた。その目に涙をためながら。 少女が少しネコから目を離した。ネコは少女から逃げ、思い出の部屋へ向かった。少女は悲しみを隠しゆっくり追いかけた。 そこはまだ片付けていない兄の部屋。なにを思ったのか、ネコは机によじのぼった。 ネコは机の上の一冊の本を邪魔そうにどかした。その本は床に落ちた。ブックカバーは外れ、白い表紙が姿を現した。その表紙には鉛筆で文章が書かれていた。 兄は気づかなかったのだろう、「この本のメッセージ」がこれであることに。 文章はこう書かれていた。 最終手段として、世界を改変前の世界に戻すためのプログラムを記した。この表紙を見ながら「楽園へ」と言えば起動する。 だがこのプログラムは一つの代償がある。改変には起動者の生体情報を使う。つまり改変後の世界に起動者は存在しない。 私はあなたに消えて欲しくない。でもあなたが望むなら起動して。 今までありがとう YUKI.N 一人の少女の素直でない恋心が起こした悲劇。三人は等しく犠牲者。犠牲者たる彼らを救う幼き箱舟が一歩、また一歩と兄の部屋へ歩いていく。 ――――――end―――――
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ここは文芸部部室こと我らがSOS団の溜まり場だ 朝比奈さんは今日もあられもない姿で奉仕活動に励み、長門は窓際の特等席で人を殺せそうな厚さのハードカバーを読んでいる。 俺はというと古泉と最近お気に入りのMTGを楽しんでいた――ちなみに俺のデッキは緑単の煙突主軸のコントロール、古泉は青単のリシャーダの海賊を主軸にしたコントロールだ――ここ最近は特に目立った動きもなく静かな毎日を送っていた。 ……少なくとも表面上は。だがな。 何故こんな言い回しをするかって?正直に言おう。オレ達は疲れていたんだ。ハルヒの我が侭に振り回される毎日に。 そりゃ最初のうちは楽しかったさ。宇宙人、未来人、超能力者と一緒になって事件を解決する。そんな夢物語のような日常になんだかんだ言いながらも俺は胸を踊らせたりもした。 だって、そうだろ?宇宙人と友達になれるだけでもすごいのに未来人や超能力者までもが現実に目の前に現れて俺を非現実な世界に連れていってくれるのだ。まさに子供の頃の夢を一辺に叶えたようなものだ。 これをつまらないと言う奴はよほど覚めた奴か本当の意味での大人くらいなものだろう。 そして俺は本当の意味での大人ではなかった。だからなんだかんだと文句を言いながらも心の底から楽しむことができたのだ。 では何故冒頭で否定的とも取れる意見述べたか?理由は単純、ハルヒの我が侭がオレ達のキャパシティを大きく上回ったことにある。 例えば閉鎖空間。SOS団を結成してからというものその発生回数は減ったもののその規模が通常のそれより遥かに大きくなったのだそうだ。 しかもその原因のほとんどが俺にあるというから責任を感じずにはいられないね。 そして俺に最も精神的苦痛を負わせた事件がある。それはこんな内容だった。 それは些細なことで始まったケンカだった。あの時は俺が折れるべきだったのだ。 悪いのはハルヒだからハルヒが謝るべき。 なんてつまらない意地を張らずにハルヒに土下座をして許しを請うべきだった。 しかしあの時の俺は強気だったしバカだった。 あろうことか俺はハルヒにお前が長門や朝比奈さんを少しは見習って女らしさというもをうんたらかんたらと説教を始めてしまった。 それがいけなかった。 前々から俺と長門の関係を怪しんでいたハルヒは激昂し、「なんでそこで有希が出てくるのよ!!」と怒鳴ると怒って帰ってしまったのである。 朝比奈さんはおろおろと怯え、長門は無表情だがどこか責めるような目線を送ってきた。 そしてこの件について一番の被害者になるであろう古泉はいつもの0円スマイルではなくまっこと珍しいことに真顔だった。 真顔の古泉が怖くて仕方なかった俺は古泉に平謝りしその日は解散となった。 明日ハルヒに謝ろう。そうすればまたいつも通りのSOS団が帰ってくるさ。俺はそんなことを考えていた。 だから翌日昼休みに消耗しきった古泉に呼び出されたことに少なからずも俺は動揺していた。古泉のあんな顔を見るのは始めてだった 「昨夜閉鎖空間が発生しました」 「そうだろうなあ…いや本当にお前には迷惑をかけた。すまんこの通りだ許しくれ!」 古泉は気にしてないと言わんばかりに微笑し淡々と話しを続けた。 「僕よりも涼宮さんに謝ってあげてください。なんせ昨夜の閉鎖空間の規模は今までの比ではなく我々《機関》だけでは対処できずに長門さんの勢力に協力してもらいやっとのことで鎮めることができたのですから」 古泉は淡々と話す――本当にすまん 「そして我々《機関》の中から始めての犠牲者もでました。あなたもご存知の新川さんが森さんをかばいが殉職しました。その森さんも背骨を折られ車椅子生活を余儀なくされました」 俺は絶句した。そりゃ人はいつか死ぬのだ。その事実は受け止めなければならない。 しかしこんなかたちで知人の不幸を知らされるとは夢にも思っていなかったからである。 真夏だというのに小刻みに震え、冗談だよなと言う俺を見て古泉は首を左右に振り否定。 また微笑し淡々と話し始める――なんでそんなにあっけらかんとしているんだよ…いっそのこと罵利雑言を浴びせ思いっきり殴ってくれ… 「僕は、僕達は別に貴方を責めているわけではありません。貴方はただ巻き込まれただけの一般人ですからね。ですが貴方の軽率な行動が簡単に僕達の命を刈り取ってしまう…この事実を忘れないでください。 では、後ほど」 そういって古泉は教室に戻っていった。 俺はというと食堂で昼食をとっていたハルヒに詰め寄り恥じも外聞も捨て泣きながら土下座した。 この時ばかりは周りの視線が気にならなかった。それくらい俺は焦っていたんだ。 とまあ、こんなことがありしばらく俺は古泉よろしくハルヒのイエスマンに成り下がっていたのだがこれにもちょっとしたエピソードがある。 なんでもかんでもはいはい肯定する俺にハルヒが不満を持ったのである。本当に難儀なあ、奴だこいつは… 古泉曰く俺は否定的立場を取りつつも最後にはハルヒを受け入れる性格でないといけないらしい。つまり新川事変(朝比奈さん命名)以前の俺だな。 新川事変以来ハルヒにビビっていた俺には無茶な注文だったがまた下手に刺激して閉鎖空間を発生されても困るので努めて俺は昔の俺を演じることにした。 おかげで自分を欺く術に異様にたけてしまった。全く嬉しくないネガティブな特技である。 ついでなので俺の肉体に最も苦痛を与えたエピソードもお話ししよう。 その日はいつものように文芸部部室で暇を持て余していた俺は古泉指導のもと演技力に磨きをかけていた。 そこに無遠慮なまでにバッスィィィィィン!!とドアを蹴破り現れたのは我らが団長涼宮ハルヒその人である。 ハルヒは何か悪巧みを思いついた時に見せる向日葵の様な笑顔――俺にはラフレシアの様な笑顔に見えたのは秘密だ――で開口一番 「アメフト大会に出るわよ!」 と、宣った。せめてビーチフットにしていただきたかったぜ。 大会はいつなんだ?という問いに満面の笑みで 「明後日よ!!」 と答えるハルヒ。まったくこいつは…… 「無理だ。アメフトのルールは野球とは違って複雑だぜ?」最初は否定的立場にいながら―― 「大丈夫よ!図書室でルールブック借りてきたしいざとなったらあんたの友達の中川くんに助っ人になってもらえばいいわ!!」 俺はハルヒの持ってきたルールブックにいちべつし、軽いため息を吐くと 「“中河”だ。わかった…中河には俺から連絡しておくさ」 ――最終的にハルヒの我が侭を受け入れる。どうだ?完璧な演技だろ?アハハハハっ、よし、今日も古泉にレキソタンわけてもらおう。 以外と効くんだ。アレ。 中河にアポを取り、快く承諾してくれた中河に感謝しつつ決戦当日である。 ちなみにハルヒが借りてきたルールブックとはアイシールド●1である。 いっそ事故かなんかで死んでくんないかなあ、あいつ。 試合内容は散々たるものだった。 相手チームが原因不明の腹痛を訴え棄権したり交通事故で棄権したり実家が燃えて人数が足りないチームと戦い、とうとう決勝戦である。 彼らには悪いがこちとら世界の命運がかかっている。多少の犠牲はつきものと割り切って試合に挑もと思う。 ここでとりあえず我がチームの選手とポジションを紹介する。 まずはラインの谷口、国木田、コンピ研部長、ランの俺とハルヒ、クォーターバックの長門、なんでも屋の古泉、その他雑用の鶴屋さん、朝比奈さんに妹 そしてリードバッグ(ボール持った奴を守るポジションらしい)の経験者中河だ。 これで優勝を狙ってるんだから正気の沙汰じゃない。本当に志しなかばで散っていった方々のご冥福を祈る。 いい加減まともに試合が出来ていないことにハルヒがイライラしてきたのでこの試合は小細工無しの真っ向勝負だ。 オレ達は経験者中河の指示にしたがい順調に点差を広げられていった。 ちなみに中河の提出した作戦は「いのちをだいじに」だ。 さすがの中河もまさか女子供と混じってアメフトをするとは夢にも思わなかったのであろう。 いろんな意味でアップアップだ。 そんな時に限って古泉の携帯が鳴り、長門は空を睨み、朝比奈さんは耳を澄ましてやがる。あぁ、忌々しい…
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ゴン。 鉄の塊を床に落としたような鈍い音がして、俺は目を覚ました。 記憶の隅に、なんだか洗濯機に入れられてぐるぐると回されていたような断片が落っこちている。ただしもう吐き気はしない。頭が痛いのは、それはおそらく俺が机に思いっきり頭をぶつけたからだろう。 夢から醒めたばかりのような気怠さが体から抜けていくのとともに徐々に復活する現実味。夜の底に落ちたような静けさ。変わらない世界。 ここはどこだと思って頭をもたげると、ぼんやりと霞んだ視界にパソコンが見えた。少なくとも一年前は最新型だったやつだ。 さらに首を振ると、驚いたことに朝比奈さんと古泉の姿までもが目に入ってきた。二人は石膏像のように黙って、目をつむっている。生命でも抜き取られちまったみたいに動きなし状態で完全にまわりの静物の中に溶け込んでいた。そしてちらりと見えちまった(わざとではないぞ)朝比奈さんのふくよかな胸には、小さなほくろがあるようだった。 俺は首を回す。ポキポキという小気味のいい音がした。 ハンガーラック。メイド服、ナース服。ボードゲーム各種。目についたそれらは、俺の色彩感覚が正しいのであれば、クリーム色一色に染まることなく白や黒などの色も纏っていた。 俺は、とあるところで目をとめた。 七夕の竹。 見間違いようもなく、そこには五つの願い事がぶら下がっているのだった。五つ。その数がどんな意味を持っているのか、俺は理解しているつもりだ。 俺は大きく息を吸った。空気がひんやりと冷たくて鼻孔を刺激しやがる。 夏だってのに……と俺は一瞬嫌な予感の到来を思ったが、それは俺にはたいしてショックではなかった。七夕の願い事が五つ、しっかりと垂れていることが俺には一番重要だったからだ。 それに、その嫌な予感も杞憂だったらしい。なぜなら窓の外が黒く染まっているからだ。夏でもこの時期、まだ夜は寒いこともある。 俺は部室にいて、そんでもってここは夜の学校……? 「あれ? キョンくん?」 突如として後ろで柔らかい声がした。俺はさっと振り向く。制服姿の朝比奈さんが驚いた顔に両手をあてがっていた。 「おっと、ここはどこでしょう?」 銅像のように固まっていた古泉もようやく気がついたらしい。起きがけもハンサム営業スマイルを忘れない精神は尊敬に値するな。どうでもいいが。 「夜の学校らしいぜ。夏のな。ただしどこの世界かと訊かれたら解らんとした答えようがない」 「あたしたち、さっきまで長門さんがつくってくれた超空間にいましたよねえ?」 朝比奈さんが腑に落ちない感じで訊く。ええ、そうですね。 「そこからどっかに行って、ここは……? ええと、でもでも、あたしたちはあの空間から外に出られなかったわけですよね。存在が抹消されていた、とかで」 「しかし、この部室はあそことは違うらしいですね。まず色があります。窓の外の風景もね」 古泉があごをなでながら続ける。 「ここは間違いなく、僕たちの正規の部室ですよ」 「だが、九曜はどこに行ったんだ。それとあの部屋を占領していた朝比奈さんと古泉の偽物も」 「消え去ったのでしょう。いや、消え去ったと言うよりも宇宙の彼方に追放されたと言うべきですが」 俺は窓から外を眺めた。星がいくつか輝いている。 「なぜだ」 古泉は静かな口調で、 「あなたもあの世界の最後の瞬間を見たでしょう。涼宮さんが長門さんを見て、有希と言いましたね。それが証明です」 何の? 「あの世界では周防九曜が長門さんを名乗っていたんですよ。もちろん彼女の見た目は長門さんと異なっていますし、涼宮さんも何の疑問もなく周防九曜の姿をした人間を長門有希だと思っていたわけです。ところが、涼宮さんは最後、超空間にいた長門さんを見て有希と言ったんですよ。周防九曜とは違う姿をした人間を見ても、彼女は有希と言いました。つまりその瞬間、涼宮さんはすべてを思い出したのです。SOS団のメンバーの顔も、存在もね。そしてまた、周防九曜の頭脳支配をも吹き飛ばしました。間違ったSOS団は崩壊し、僕たちが元のこの部室に戻ってきたんです。抹消されていた存在も涼宮さんの力で取り戻せたのでしょう」 「うーん。でも、何で長門さんって解ったんでしょうね。不思議ですよねえ。……あ、お茶飲みます?」 「いえ」 俺は朝比奈さんの好意を断って窓から遠い街を見やった。 ハルヒの力。周防九曜までも吹き飛ばしてしまうほどの。 あいつはやっぱり、元のSOS団がよかったのだろうか。お遊びサークルじゃなくて謎的存在がたむろする奇妙な団体が。 「そういや、ハルヒと長門の姿が見えんが、あいつらはどこ行ったんだ」 疑問を口にしたとき、部室の扉が音を立てて開いた。 入ってきたのは長門だった。もちろん九曜じゃなくて読書好き文芸部員で無口な長門のほうだ。相変わらず無表情で感情のかけらも見受けられない。 「来て」 恐ろしく短い単語を口にした。誰が、どこへ。 「あなた」 「俺?」 「そう」 ずっと入り口で黙っているので、俺は仕方なく長門に歩み寄った。長門は古泉と朝比奈さんがぽかんと口を開いているのを見て付け加えるように言った。 「悪い話じゃない。この世界は木曜日の状態に復帰した。涼宮ハルヒは現在、自宅で眠っている」 * はたして、長門に連れられていったのは校舎の屋上だった。階段を上り、上り、上りしてどこまで行くのかと思ったら最上階まで行ってしまった。さすがにこれ以上は俺は上ることができんな。 屋上なんて滅多に来ない。というか来る用もない。体育祭の時にはどこかの委員会が来たりしているが俺がここに来た記憶があるのは一回か二回くらいだ。ハルヒに振り回されていたような記憶がかすかにある。 寒い。 何てったって夏でも夜なのだ。風が吹いているし、真っ暗で、ただし夜空だけは大パノラマでよく見えた。はりぼてみたいな空に星が無数に光っている。 「長門?」 俺は黙ってたたずんでいる小柄な人影に話しかける。 「よく解らない。あなたに話すべきかどうか。話して何か得るものがあるのか」 北高のセーラー服が風に揺られている。長門は校舎からグラウンドを見下ろすように立っているため、俺は長門がどんな表情をしているのか解らない。見えたとしても暗くて解らないかもしれなかった。 俺は「何でも聞いてやるから話してみろ」と言った。 長門は俺に向き直った。 「この世界は今、完全に元の形に戻った。未来人も超能力者も、わたしたち宇宙人と呼称される存在も。未来との経路も復旧した。現時点では木曜日のときと同じ未来に接続されているように思われる。周防九曜は宇宙の彼方にいて情報統合思念体が監視を続けている。だから安心して」 「ああ……」 長門は早口で一息で言ってのけ、それからじっと俺を見つめた。 「聞きたい?」 「何を」 「あなたやわたしにどんな影響を与えるか解らない。でも、あなたが聞きたいなら話す」 質問の答えにはなっていなかったが俺は「話してくれ」と言った。長門が自分から話すことなんてのはよほどのことに決まっている。俺がそれを聞いてやらないでどうするのだ。 長門は重たそうに口を開いた。 「今回、情報統合思念体はわたしに、あなたを助けるなという命令を出していた。見殺しにしろ、と」 ? どういうことだ。 「統合思念体は周防九曜によってわたしたち三人の存在抹消が実行された後の火曜日に、涼宮ハルヒの精神が非常に安定しているのを観測した。閉鎖空間と呼ばれる空間が発生することも、ましてや世界改変が起こる可能性も皆無だった」 それで? 「もともと、情報統合思念体は彼女のまわりをうろつく未来人や超能力者のことをよく思っていない。積極的に破壊しようとは思っていなかったが、いないに越したことはない。だから今回、周防九曜が彼らを消してくれたのは都合がよかったとも言えた。情報統合思念体はその機会を利用しようと考えた。これで邪魔されず、なおかつ世界改変のおそれも無視して涼宮ハルヒを観測できる、と」 ……何て奴らだ。俺は背筋が震え、戦慄が身体を走り抜けるのを感じた。 長門はなおも続ける。 「本当は、わたしが救済措置として設置した超空間も違反行為だった。あなたを助けることになるから。あの時、情報統合思念体からはあなたが涼宮ハルヒの能力によって抹消されるのを待て、という命令が出ていた。もちろん放っておけばそうなっていたと思う」 記憶が甦る。三人の退部。あれでSOS団にふっきれちまったハルヒは、明日にでも俺を消していたことだろう。そうなったら最後だった。情報統合思念体が助けてくれない以上、長門はどうしようもないし、俺以下三人は歯がゆい思いをするだけだろう。 「情報統合思念体は何て言ってる?」俺は長門に訊いた。「いつかみたいに、お前の処分を検討するなんてことを抜かしてたりするんじゃないだろうな」 「そんなことはない。ただ、再び涼宮ハルヒの監視を続けろ、と」 やはり平坦な声で言う。監視。監視ね。そういえばそれがこいつの仕事だった。勝手なことを言うもんだよな、宇宙意識野郎も。 俺は長門に尋ねてみることにした。 「よう長門、お前さ、SOS団って団体をどう思ってる?」 「どう、とは」 「情報統合思念体の連中はそんなもんないほうがいいって思ってるんだろ。邪魔くさいから。でも、あんな奴らは無視するとしてお前自身はどう捉えてるんだ? ハルヒの監視のために所属している団体か?」 正直なところ、俺はどんな答えが返ってきてもひるまない覚悟でいた。「そう」と言われても「違う」と言われても。だから訊くこと自体にたいした意味はなかったのだが、何となくこいつがどう思っているかを知りたかったのだ。 無口な有機アンドロイド。感情の薄い文芸部員が、無理やり入れられた団体をどう思っているのかを。 長門はしばらく黙っていた。本当は答えなどなくて、今それを捻出しているところなのかもしれない。風が何度か通りすぎた。そのたびに長門の短い髪が揺れる。 「わたしは――」 何度かまばたきをして続けた。静かな声で。 「落ち着いて、本を読めるところだと思っている。そんな場所なら、あったほうがいい」 * さて。 今度の事件はこれでようやく終わりを迎えたらしかった。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も全員が復帰し、完全元通りである。 とはいえ俺に精神的後遺症はイヤというほど残ったようだ。 何だか毎日部室のドアに手をかける度に心臓がバクバクするのは本当にどうにかして欲しい。そんでもって俺は、中にメイド服やらボードゲームやらを見つけて平穏な日常を思い、また胸をなで下ろすのだ。宇宙人(以下略)と過ごす部室の風景というのが日常になっているのは毎度毎度どうかと思うのだが、俺もいい加減そんなことを言うのはやめることにした。これが最後だ。SOS団が一気に消えちまってようやく気づいたね。もう俺はこれが日常で構わないや、と。開き直りなら開き直りと思ってくれ。 ところで買ってきたけど使わないダイエット食品みたいな感じで半分放っておかれている七夕は、俺と古泉がオセロをしていたり朝比奈さんが編み物をしていたり長門が本を読んでいたりするうちにやはり何事もなく過ぎてしまった。ハルヒは肝心の七夕の日を見過ごしてしまったことを後になってひどく悔やんでいたが仕方ないだろう。文字通り後の祭りだし、その日にヤツが何をやっていたかと言えば朝比奈さんに次々と目新しい衣装を持ってきては着せ替え人形の感覚で着せ替えていたのだから自業自得だ。文句は受け付けん。 おかげで今ハルヒは来る合宿に向けて七夕で放出できなかったエネルギーをためている途中であり、それが爆発したら孤島の殺人事件どころか全人類滅亡くらいのスケールまで持っていきそうで怖い。昨日は足りなかった合宿用品を買いに行って、ついでに鶴屋さんも呼んで部室で暴れていた。まあ好きにしてくれ。合宿でえらい目に遭うのは俺ではなくてツアーコンダクターの古泉と向こうにいるはずの荒川さん森さんだ。古泉だって余裕でイケメンスマイルをかましてられるのも今のうちだろう。 それはそうと話は飛ぶが、俺は七夕の前日、ちょっと思いついてしたことがあった。 短冊がまだ残っていたのでそいつをちょっと借りてささっと書いて笹のてっぺんにつるさせてもらったのだ。もちろん誰にも見られてはいない。ましてやハルヒになんか見られたら顔を覆いたくなるような願い事だ。七夕の翌日には俺が真っ先に部室に来てその願い事の短冊を回収しゴミ箱に投げた。何やってんだか自分でも解らんが、別にかまいやしない。何となくそうしたい気分だったのだ。それにハルヒがいる以上、十六年後と二十五年後にその願い事が限らんしな。 その願い事。 実はこいつは願い事が叶うのは十六年後と二十五年後というのを失念している願い事なんだが、それでもよかった。どっかの神様が気を利かしてちょっと早く届けてくれるかもしれない。 ハルヒがもし見ていたら、その場で叶えてくれたかもな。宇宙人と未来人と超能力者、それが全部同居してるのがSOS団だというならね。 俺も卒業するまでは付き合ってやる覚悟だし、ハルヒ含む四人にもそれぞれ謎的プロフィールを持った存在でいてもらうつもりだ。他の誰にも渡さないし、ここはSOS団という謎を追い続ける謎的存在がいる場所だ。お遊びサークルだっていいが、それじゃあSOS団という団体名を変更してもらわないといけない。そして俺の予想では、ハルヒは今後そんなことをするつもりはなさそうなのである。 七夕の願い事ってのはそれのことだ。ここはSOS団で、しかもそれは宇宙人、未来人、超能力者がいるところなのさ。 『この部室は俺らのものだ!』 (Fin)
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季節はもう秋。 空模様は冬支度を始めるように首を垂れ、 風はキンモクセイの香りと共に頬をそっと撫でていく。 彼女は夏に入る前に切った髪がその風に乱れて 思いの外、伸びているのに時の流れを感じている。 夏休みから学園祭まで一気に進んでいた時計の針は 息切れをしたかのように歩を緩め、 学校全体が熱を冷ますようにこれまでと変わらない日常という空気を 堅く静かに進めていく―――― 「腹減ってんのか?」 腑抜けた声と間抜け面。 「何言ってんのよ?」 「いや、随分沈んでるからひょっとしてダイエット中で 朝飯でも抜いてんのかと思ってな。飴食うか?」 「うっさいわね!大体、私みたいな若くて可愛い女の子にはそんなもの全っ然必要ないの。 飴は一応、貰っとくけど。」 「はいはい、自分で言いますか。まぁ、お前は人一倍食い意地張ってるしな。」 「あんた、馬鹿なだけならまだしも的外れでデリカシーも無いなんて駄目にも程があるわ。」 「お前だけには言われたくないという突っ込みどころ満載だな、おい。」 「あぁ!!もう、うっさいわね!」 こんなんじゃ頬杖つく腕も痺れてくる。 「私にだって考え事の一つや二つくらいあるのよ。 秋はパーッとしたイベントが少なくて嫌になるわ。」 「考え事ね…まぁ、学園祭からここまでずっと勉強ばっかりだからな。 俺もパーッとやりたい気持ちはあるが、遊んでばかりもいられないだろ? 俺達は学生で学生の本分は勉強だからな。」 「そのくせしてろくな成績も取れないあんたは何なのよ?」 なかなか痛い所を突いてくるね、ハルヒ。 「なんか面白い大事件でも起きないかしら。」 おいおい、勘弁してくれ。そうそう大事件が起きてたら繊細な俺の身が持たん。 この1年半、こんな他愛無いやり取りをこの2人は 何回繰り返してきただろう? 彼も彼女も気付いてないのかもしれない。 いや、気付いていても今の2人は口に出しはしないだろう。 この言葉の交換が、この時間の共有が何よりも特別なものである事を。 何も変わらない、宇宙人も未来人も超能力者も現れない事に 辟易し、言葉さえも忘れたような彼女の灰色の日常に 彼が優しく彩りを添えてくれた事を。 まぁ、付け合わせの人参くらいにはなってるかもね、 等と彼女はまた素直じゃない答えを返すだろう―――― 必殺!ペンで背中を串刺しの刑!! 「いって!!!!」 凍り付いた。 クラス中の奴らが見つめてくる中、黒板で世界史を解説中だった教師は 「どうした?」と切り出し、俺はうやむやに誤魔化し何とか切り抜ける。 そして、次は後ろに座っているこの馬鹿を訊問しようとした時、 「ねぇ、キョン!昼休みに一回部室に行ってから学校抜け出すわよ。 あんたもついてきなさい。これは団長命令よ。」 相変わらずだが、唐突過ぎて意味がわからん。 「何言ってんだ。大体…」 「黙りなさい。」 前の教師と後ろの団長様から同時に最終宣告。 4限目が終わるとすぐハルヒは俺のネクタイを掴みペットの如く、 部室まで引きずっていった。痛い、苦しい、離せ。 「あら?有希。昼休みもここで本を読んでるなんてもうお昼食べたの?」 「俺も昼飯の時間なんだけど…」 「……読書週間。」 「ん?」 「本日より2週間、読書の力によって平和な文化国家を形成するという目的の元、 出版社、図書館、マスメディア等の公的機関より本を読む事を推奨されている。」 何となく聞いた事はあるが、意識した事も実行した事もほとんどないあれだな。 大体それ、普段の長門と変わらんじゃないか。 それになんかお前が言うと宇宙国家建設の標語みたいだぞ。 「有希は読書って訳ね。まぁ、良いわ。でもね、秋は読書だけじゃないわ。 閃きというか、さすが私はSOS団団長として目の付け所が違うと思うのよね。」 というか、ここは本来文芸部の部室だから長門の意見に従うべきだ。 だが、ハルヒはパソコンの電源を入れながらいつもの太陽のような笑顔になっていた。 「次は何を思い付いたんだ?お前は。」 「ふっふっふっ…ハロウィンよ!!小さい頃、読んだ絵本には 魔人、ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女、 黒猫、コウモリ、ゾンビ、黒魔術なんかが出てきて 事件と謎の匂いがプンプンする話だったわ。 という訳で今週はハロウィン調査を開始するの。 ハロウィンってまずはコスプレから始まるのよね。 だからまずは全員どんなコスプレにするかパソコンで調べないと!!」 おいおい…今週はSOS団全員でコスプレかよ。 「へぇ~、ハロウィンではお菓子を配るのね。ついでに秋の味覚も集めちゃおうかしら?」 それはもう美味いもん食いたいって方がメインになってないか。 頼むからとめてくれ、長門…駄目だ、こりゃ…興味を持っちまった。 そういえばお前もヒューマノイドなんちゃらの割には食欲は凄いタイプだったな。 「ハロウィンパーティーですか、面白いアイデアですね。」 いつからいたんだよ、古泉。 そして顔が近いんだよ。あまりニヤケてるとカボチャにしてくりぬくぞ。 「じゃあ、決定ね。古泉君、みくるちゃんと あとせっかくのパーティーだから鶴屋さんにも伝えといてくれる? 受験勉強の邪魔でなければって。」 邪魔に決まってんだろ。 それに案の定、パーティーメインになってるじゃないか。 「わかりました。」 「じゃあ行くわよ、キョン」 やれやれ。 ケルト民族のハロウィン祭ではひとつの大きな篝(かがり)火から 村の家々に火を分け合う事でお互いを共通の絆を持つ一つに繋がった輪としている。 SOS団にとってその絆は涼宮ハルヒという大きな篝火を中心にして出来たものだろう。 しかし1人だけ、彼だけは言わば彼女という篝火にとって種火とも言える存在。 どちらがどちらを照らしているのだろうか? 優しく暖め合う事もあれば、全てを燃やし尽くしてしまう事もある。 彼女にとって本気で喧嘩をしたのは彼だけなのかもしれない。 彼女にとって本気で誰かを愛したのも彼だけなのかもしれない。 坂道をボールのように転がる。 街はパステルカラーに染まり上がり、何だか切な~い秋の午後。 女の子と2人で授業をサボって昼休みに学校を抜け出す。 そんな甘酸っぱい青春の背徳感。 ただ相手は… 「ちょっとキョン!!聞いてんの!?」 …こいつだ。 「有希はやっぱりキャラ的に魔女よね。 みくるちゃんは猫耳とタイツで黒猫ね。 小泉君はドラキュラなんてどうかしら?」 「あぁ…良いんじゃないか」 「あんたは…」 「俺もやんのか!?」 「あったり前でしょ!!あんたはそうね…カボチャで良いわ。」 なんで俺だけ野菜なんだよ…。 「鶴屋さんはいたずら好きの幽霊って感じね。 私は何にしようかしら…」 ……魔人 「誰が魔人よ?誰が!!」 …口に出ちまったか。 「私は、うん、まずは私の家に行きましょう!!」 お~い、一人で納得すんな。 はい現在、場面は飛びまして、 ハルヒの家のリビングで待機中です、どうぞ。 ご両親は仕事かなんかかね?誰もいない。 魔人が一人でドタバタ暴れる音だけが響く。 「キョン!!」 やれやれ、今度はなんだ… 「ちょっとこっち来て。」 「どうした?」 「棚の上にあるカボチャを取って欲しいのよ。」 「棚にカボチャ?」 「仮装用のカボチャよ。」 なんでそんなもんが家にあるんだよ…ほれ。 手持ち無沙汰だからとりあえずハルヒについてくか。 「次は私の…ちょっとここで待ってなさい。」 「ん?どうした?」 「いいから!!」 ハッハ~ン、この扉がハルヒの部屋だな。 「お邪魔しま~す。」 「ちょっと!!やめなさい!!」 あら?意外と綺麗で可愛い部屋。 もうちょっとエイリアンのポスター的なもんとかあるのかと思ってたが… おいおい、熊のぬいぐるみって柄じゃないだろ。 「何、人の部屋をジロジロ見てんのよ!?」 「いや、意外と可愛い部屋だな。」 「バッカじゃないの!!座ってなさいよ!大人しくしてなかったら死刑だからね!!」 「ハルヒはこの熊に名前とか付けてるのか?」 枕が飛んできた。 あ、ちょっと良い匂い。 あれ?メールが来てる。 From:朝比奈さん タイトル:ハロウィンパーティーの件 本文:了解で~すヽ(=^゚ω゚)^/ 楽しみにしてますO(≧▽≦)O あと、鶴屋さんと私もお菓子と秋の味覚を用意しますね♪ダキ♪(●´Д`人´Д`●)ギュッ♪ ところで今回はどんな衣装になるんでしょうか~?・・・( ̄. ̄;)エット( ̄。 ̄;)アノォ( ̄- ̄;)ンー 楽しみですか朝比奈さん、いつもよりもっと際どいコスプレさせられるんですよ… From:古泉 タイトル:無題 本文:今朝まで発生していた閉鎖空間も消えてくれて、 機関も僕もあなたにはいつも感謝しきりです。 お礼といっては何ですが、僕と機関から 今回のハロウィンパーティーに幾分かの差し入れを出します。 涼宮さんの事はあなたにお任せします。 では、頑張って下さいねp|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!! 古泉、お前は絵文字なんか使うな、気持ち悪い。 「お~い、ハルヒ。朝比奈さんと古泉からメール来てるぞ~。 鶴屋さんと3人、お菓子とか用意してくれるってよ。」 「さすがSOS団の役員だわ、あんたみたいな雑用係とは違うわね。」 「そりゃ悪うございました。」 「人の枕で雑魚寝するな!!」 良い匂いだったぞ、ハルヒd( ̄◇ ̄)b グッ♪ 秋の空というものはどうにもうつろいやすいもので それを人の心に例えたりもしますが、雨には気持ちもしょげるもの。 夕方になり降り出した雨は雨脚を強め、街をオレンジ色から灰色に変えていく。 やたらスモークチーズの香り漂うSOS団の部室では 3人が三者三様の時間を過ごしています。 朝比奈みくるは妙な沈黙に耐えられなかったのであろう… お茶を2人に差し出しながら話し掛けてきました。 彼らがいない時にこうやって会話を交わすのは慣れないものです。 「涼宮さんとキョンくんのいない部室って静かですね。」 「そうですね。こういう部室も嫌いではありませんが、やはり物足りないですね。 ところで鶴屋さんはどこへ?」 「チーズに合う飲み物が必要とかでどこかへ行ってしまいました。」 「それは危険な香りがしますね。」 その時、大きな足音が聞こえたと思うと勢いを付けて扉が開きました。 「お待った~!!」 鶴屋さんでしたか。 「おっや~、あの2人はまっだ帰ってきてないっかな~? ま~たどっかでイチャついてんのかね~?」 「鶴屋さん、それ…」 「あぁ、ワインっさ!」 「だ、大丈夫なんですか~?受験前に。」 「めがっさ美味しいにょろ!まっ息抜き♪息抜き♪まずは軽く一杯。」 息抜きの範疇を超えてますね。 「遅いですね~涼宮さんとキョンくん…」 と、音も立てずに静かに扉が開くと雨でずぶ濡れの彼が1人で立っていました。 非常に嫌な予感がしますね。 「あれ?涼宮さんは?」 「分からん…」 「ハルヒ…重い…」 「あんたは雑用係なんだから文句言わずに歩く!」 やれやれ…どんな衣装が入ってるんだ、この鞄。 「次はどうするんだ?」 「次はお菓子ね。鶴屋さんやみくるちゃんや古泉君が 用意するって言っててもそこは私達も負けられないわ。」 そこは負けとけ。向こうは組織ぐるみだ。 「おいおい、そんなに派手にやる訳にはいかんだろ。 特に朝比奈さんや鶴屋さんは受験生にも関わらず付き合ってくれてんだ。 邪魔になったら迷惑掛かるだろ?」 「分かってるわよ。あんた、相変わらずノリ悪いわね~。 大変なのはみくるちゃんの様子見てれば分かるわよ。 だから今日だけでも派手にパーッとやって鬱憤を晴らすのよ。」 それはお前の鬱憤じゃないのか、ハルヒ。 「大体だな、お前は計画性が無さ過ぎるぞ。 期末テストもあるのに授業サボるなんて俺にとっちゃ死活問題だしな。 それに最近はこの前の中間テストもプラスして 親からのプレッシャーも日毎に増す今日この頃だ。 今日も帰って補習しなきゃ間に合わん。 それをお前はいきなりハロウィンパーティーだとか訳が…」 っておい、いきなり立ち止まるな! かのイギリスの文豪シェイクスピアは戯曲「リア王」においてこのような話を残しています。 リア王は隠居する為に国を分割し、彼の3人の娘に分け与えようとします。 彼は3人の娘の自分に対する想いを確かめる為に「言葉」を求めました。 長女と次女は甘く優しい言葉を投げかけ、国の割譲を約束されますが、 三女だけは「何もない」と答え、王の逆鱗に触れ、 婚約者と共に国を追い出されてしまいます。 しかし、女王となった長女と次女は永遠に愛すという誓いを立て 国を与えて隠居した父を邪魔者として追放します。 言葉というものはなんと脆いものなのでしょうか? 三女は父の苦難を耳にし、涙を流し、行方不明の王を探すために四方八方、手を尽くします。 「行動は時に言葉よりも雄弁である。」 彼女の言葉は想いとは裏腹で素直さに欠ける時もありますが、 いつも彼と共にいるというその行動そのものが彼女の想いを何よりも雄弁に語っています。 彼は今、目の前にいるおてんばなお姫様の心の奥底にある真の想いに 気付いているのでしょうか? 「そんなにやりたくないの?」 ん? 「キョンはそんなに皆と一緒にいるのが嫌?」 嫌とは言ってないが… 「分かった……じゃあ、止める。」 は? 「皆には私から連絡しとくからキョンも帰っていいわよ。」 出たよ…なんちゅう我が儘だ、おい。 「おい!ハルヒちょっと…」 「離して…」 「いや、お前なぁ…」 「帰りたければ帰ればいいでしょ!!」 ……頬に落ちた一滴の水は雨だったのだろうか、ハルヒの涙だったのだろうか――― 「私は付き合いだけで無理して皆とここにいる訳じゃありません!!」 朝比奈さんの怒号が響く。 「ごめんなさい…」 「なんでキョンくん、そんな事言ったんですか!? いい加減、涼宮さんの気持ちに気付いてあげて下さい!! 涼宮さんは私達の為というよりもキョンくんの為に きっとこのハロウィンパーティーをやろうって言ったんですよ!」 …俺の為? 「涼宮さん、キョンくんが最近、成績の事とかで悩んでるってずっと気にしてたんです。 だから涼宮さん、部室にいる時に一人でキョンくんの為に解説用のノートや 一緒に期末テストの勉強する為のスケジュール作ったりして、 来週からはスパルタで行くから今週くらいはキョンくんと 何か息抜き出来る事して気持ちを晴らして 羽を伸ばしておこうって言ってたんです!」 「あ~ぁ、今回はやっちゃったね~!キョンくん。」 鶴屋さんまで… 「ふぅ~…すみません、どうやら急なバイトが入ってしまったようです。」 古泉が椅子から立ち上がりながら俺を睨む。 「まぁ正確には涼宮さんらしく、団長の責務として団員の世話まで しっかりやらないといけないから大変だ、とおっしゃってましたが。 あなたの悩みは彼女の悩みでもあるんですよ。」 どういう事だ? 「まだ分からないんですか? 彼女からすれば何故、自分に相談してくれないのか? 悩みがあるなら共有してくれないのか?とね。 あなたに涼宮さんをお任せしたのは失敗でしたかね…。 では、失礼。」 すまん…古泉。 「今回はあなたの落ち度。謝罪すべき。」 ………。 妖精はいたずら好き。 かくれんぼなんかはお手の物。 彼は傘も差さずに雨の中を走り回って探してる。 でも、彼女は見つからない――― 「くそっ…あいつ一体どこにいやがるんだ…」 携帯に電話を掛けてもメールをしてもハルヒからの返事は一向に来ない。 あいつの家にも公園にも駅にも喫茶店にもハルヒが行きそうな所は 全て当たってみたが影も形も見当たらない。 街中を走り回ったせいか、足がもつれてこけてしまった。 街を行き交う人達の視線が痛い。 「はぁ…何やってんだ、俺は…。」 泥だらけになった服を払いながら涙が出てきた。 今日ほど自分が情けなくなった日はない…。 ハルヒの想いや悩みにいつも鈍感で一緒に騒いで楽しければ それで良いという距離感が崩れるのが怖かったのかもしれない。 ただそれは滑稽な道化に収まって楽をしていただけだ。 俺はあいつを傷つけて黙って見ていただけの 卑怯な臆病者だ。 もう一度学校に戻ろうと歩いていたその時、 目の前に一台の車が止まった。 「お久しぶりです」 「あ…森さん?」 「時間がありませんので説明は車の中で致します。 一刻の猶予もありません。お乗り下さい。」 え?という暇もなく、車に押し込まれた。 「これで体をお拭き下さい。」 今日はスーツ姿だが、時にメイドだったり、 森さんの本職は一体何なんだろうか? 手渡されたタオルで体を拭きながら諸々の事情を聞こうとしたのだが、 それは先に森さんの言葉に遮られた。 「事情を説明する前に一言。これは機関からの言伝ではなく、 私個人としての意見です。」 と、バックミラー越しに鋭い視線を投げかけられた。 「話は古泉から伺っております。 涼宮ハルヒを監視している機関として必然的にあなたの事も知る事になるのですが、 率直に申し上げますと、あなたは男として失格です。」 厳しっ! 「あなたは女性の言動の裏にある本当の想いに鈍感過ぎます。 それは意識してのものなのか、無意識なのかは分かりませんが 結果的に女性を傷つけるものとして私は断じて許せません。 彼女は、涼宮ハルヒは常にあなたの傍にいて、 あなたを心の底から慕っています。 あなたの想いもありますので必ずしも彼女の想いに応えろとは言いません。 しかし、のらりくらりと逃げるような真似をして 彼女を裏切り傷つけるような行為は同じ女として 怒りを禁じ得ません。」 突き刺さる…。というか森さん、キャラ変わってない? こんなにドSキャラだったっけ? 「では、ここから本題に入らせて頂きます。」 …とことん凹まされた…また涙出てきそ。 「涼宮ハルヒは今、この世界には存在していません。」 は? 「簡単に申し上げますと現在、涼宮ハルヒは 閉鎖空間の中に閉じ篭っているという言い方が出来ます。 私達、機関の活動は涼宮ハルヒの精神的な動揺から発生する 閉鎖空間の平定にあり、その閉鎖空間内において あなたもご覧になった事がある神人の討伐を行っていたのですが、 つい先刻よりその閉鎖空間内に機関の人間が 誰一人入る事が出来なくなっています。 閉鎖空間内にいた人間もことごとく追い出されています。 現在、発生している閉鎖空間はこれまでのものとは全く異質で 形も歪な空間です。」 「それは以前、俺とハルヒの2人だけで行ったのと同じものですか?」 「似てはいますが、それともまた違うものです。 ただ自らの存在以外を全て拒絶している空間のようです。」 「それだと今の俺は一番拒絶されそうな…」 と言いかけた所で再び森さんの鋭い視線が突き刺さる。 「良いですか?今、機関の人間を総動員して解決に当たっていますが、 このままだと世界中の人間だけが消えてしまう危険性があります。 申し訳ありませんが、あなたにはまた協力を要請する事になった次第です。 目的地につきましたので詳しくはそこで。 傘をどうぞ。」 その場所はさっき俺とハルヒが喧嘩をした駅前の広場だった。 そして、そこには真顔の古泉に長門と朝比奈さんも来ていた。 「お待ちしていましたよ。」 すまんな、古泉。 「情報統合思念体は混乱している。 現在の涼宮ハルヒは有機生命体の持つ全ての感情を 強い力で衝突させ、爆発を起こしかけている。 本来、情報統合思念体にとって感情とはエラーと認識されるもの。 それが処理出来ないほどの量と質で埋め尽くされている。 情報統合思念体にとって自らの存在を消去し得る 触れる事は危険且つ、不可能な領域として認識した。 だから、あなたに任せる。」 そんなでっかい事になってるのかよ…。 「キョンくん…さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい… でも、キョンくんにしか涼宮さんを助ける事は出来ないと思うの。 キョンくんの素直な気持ちをちゃんと伝えて、お願い。」 くぅ~…とうとう覚悟を決めるしかないのか、こりゃ。 「では、ここからが閉鎖空間の入り口です。 僕らはこれより先には進めません。 ですが、あなたならきっと大丈夫です。 いえ、あなたにしか出来ません。」 わかりました…いってきます…。 彼女は魔法の国に迷い込んだお姫様。 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。 普段はおてんば、はねっかえりでも 一人でいるのは怖くなる。 昔、絵本で読んだお話を決して忘れちゃいけないよ。 いつも助けてくれるのは白馬に乗った王子様――― 一瞬、雷に打たれたような衝撃が身体中を突き抜けると そこは幾度か見た灰色の空間だった。 ただ、土砂降りの雨が降っていた。 雷鳴も轟くその空間はこれまで知っていたものとは まるで違うものだった。 「なんだ、こりゃ?ハルヒはどこだ?」 叫んでみた。 「来たは良いもののどこに行って何をすれば良いかさっぱり分からんぞ。」 もう一度叫ぼうとした時だった。 「馬鹿!!!」 ハルヒ!? 「どこだ!?ハルヒ!!」 「馬鹿!うっさい!黙れ!このすっとこどっこい!! なんで追いかけて来ないのよ!?このアホ!間抜け面!唐変木!」 ありとあらゆる罵声が雷鳴と共に鳴り響いている。 助けに来てどやされるとはな…。 声の方角からすると喧嘩して離ればなれになった方角だな。 声を頼りに走ると近くの公園に辿り着いた。 しばらく走ってみてわかったのだが、ところどころ街が破壊されている。 しかし、どうやらあの神人というのはいないようだ。 いや…その代わり屋根付きベンチの上で魔人が仁王立ちしていた。 「遅刻!罰金!」 やれやれ… 「これでも結構、急いで走ったんだぞ。」 「全くこんなに暗くなって雨が降ってきたんじゃ 身動きも取れやしないわ。携帯も通じないし。」 こいつ、ひょっとしてここが閉鎖空間って事に気が付いてないのか? 「お前ずっとここにいたのか?」 「別に私がどこにいようと関係ないでしょ!?」 「ハルヒ…」 俺はハルヒの肩に手を置いた。 細い肩だ。 「何よ?何すんのよ?」 「そんなびしょびしょに濡れてたら風邪引くだろ? タオルで拭くんだよ。」 ハルヒの柔らかい髪の毛はくしゃくしゃに 顔は真っ赤になっている。 「ふん…まぁ、タオルを持ってくるなんて あんたにしちゃ上出来ね。」 ありがと、森さん。 その時ふと、ハルヒの肩が震えてるのを感じた。 あぁ~…そうか…そうだよな。 「ハルヒ……ごめんな。」 ぼつりと口をついて出た言葉がハルヒの顔を曇らせた。 そこからハルヒは俺の服にしがみついて 堰を切ったように大声で泣き出した。 そうだ…こいつだってこんな所にひとりぼっちにされたら 寂しいし、怖いだろう。 喧嘩して怒ったのと同じ分だけ悲しかっただろう。 俺の為に色んな事考えて色んな事してくれた分だけ 突き放された時はショックだったろう。 俺はハルヒをありったけの力を込めて抱き締めた。 俺は本当に大馬鹿者だ…。 もうこいつを離しちゃ駄目だ。 ごめんな、ハルヒ…。 そして…ありがとう、ハルヒ……。 その時、耳元で雷鳴のような大きな音が響いた。 「……プッ……クックッ……ハッ…ハッハッ!!」 そうだ、俺達は昼休みに学校を抜け出してから何も食べてなかった。 「ハッハッ!!ハルヒ、お前、腹の音!」 「あんたもでしょうが!キョン!」 お互い、赤面しながら笑い合った。 「腹減ってんのか?」 笑い過ぎて涙が出てきた。 「飴食うか?」 2人で飴を舐めながら俺は次の問題を考えていた。 閉鎖空間から抜け出さないといけない、 ハルヒにどう説明しようか等々。 とりあえず2人で歩いて閉鎖空間の入り口に戻ろうと 傘を差して屋根の下から出ると さっきまでの大雨と雷が嘘のように晴れ上がっていた。 「秋雨ってやつね。秋の天気は変わりやすいから。」 あれ?閉鎖空間から抜け出してる?なんでだ? 灰色じゃない。オレンジ色の夕陽が眩しい。 とりあえず足は自然と学校へと向かっていた。 「あぁ~…ハルヒ。その…なんだ… 今週はさ…思いっきりハロウィンパーティーやろうぜ。」 飴のようなキラキラした瞳でこっちを見つめている。 「あ、あとな…ちょっと頼み事があるんだが、 勉強を…教えてくれ。 今度の期末テストはお前の力を借りんとヤバそうだ。」 ハルヒは夕陽よりも眩しい笑顔で笑っている。 「しょうがないわね!その代わり! 今回はいつもより更にスパルタで行くわよ!」 「おう、ありがと!」 「な、何がありがとうよ! SOS団の団長として団員の世話は当然の仕事よ!」 嵐来りて大暴れ。 上へ下への大騒ぎ。 嵐は去りて一番星。 誓いを立てて手を繋ぎ、 夢か現か幻か。 「ではこれより!SOS団ハロウィンパーティーを始めます!!」 結局、部室では時間が遅いと言う事で急遽、鶴屋さん宅で お菓子と秋の味覚を取り揃えたあまりにも 豪華なパーティーを催す事になった。 長門はひたすら食ってるな。 なんか高そうなワイン付き。 だけど良いんですか、鶴屋さんのご両親。 娘さん、ワインで酔っ払って暴れてますよ。 朝比奈さんの胸揉みまくってるし。 コスプレはと言うと 長門は魔女、朝比奈さんは黒猫、古泉はドラキュラ、鶴屋さんは幽霊、俺はカボチャ…。 団長様はというと、超が付くほどのミニスカートを履いた妖精らしい。 おいハルヒ、パンツ見えてるぞ。 「今回もあなたに助けられましたね。」 「まぁ、今回は俺が原因でもあるからな。 色々すまんかったな、古泉。」 「いえ。初めに話を聞いた時は機関で拘束して 拷問にでも掛けようかと思いましたがね。」 お前が言うと冗談に聞こえないんだよ…。 「で、涼宮さんとは付き合う事になったんですか?」 せっかくの美味い飯が喉に詰まっちまうじゃねぇか! 「ば、馬鹿言うなよ!」 「おや?今回もキスしたんじゃないんですか?」 「しとらん!」 「それは……また森さんが怒りますよ。」 ギクッ! 「キョ~ン!」 「なんだ?」 「あんた、美味しそうなもん食べてんじゃないのよ。」 「やらんぞ。自分で取れ。」 「ケチ!うりゃ!」 「おい、取るなよ。」 「だって私、この付け合わせの甘い人参、好きなんだも~ん。」 やれやれ…。 「じゃあ、お世話になりました~!」 「良いって事さ~!今度はクリスマスだね!」 「おやすみなさ~い!」 宴もたけなわ、か。 来週からはしばらく勉強漬けの日々だな。 「では、僕もこのへんで。」 「…同じく。」 武士? 「わたひもおうひにかえりまひゅ~。」 酔い過ぎです、朝比奈さん。 「では、涼宮さんを家まで送り届けて下さいね。」 ニヤケ顔がいつもの倍になってんぞ。 「キョン!」 「はいはい。」 「はい、は一回。」 「はぁ~い。」 彼は一つ決めました。 はっきりさせておかなきゃいけない事がある。 試験が終わったクリスマス、 ちゃんと彼女に素直な想いを伝えよう、と。 冬も間近な秋の夜。 空に浮かぶ星達は遠い遠い所から 歩く2人を照らします。 彼女はくしゃみをしています。 彼はそっと服を着せ、彼女の手を取り歩きます。 照れて言葉も交わさずに。 まだまだ臆病な2人には ただただ優しく光を照らしましょう。 The End 涼宮ハルヒの教科書へ
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「こんにちはー。あれ?今日はまだ長門さんだけですか?」 「そう。古泉一樹は休み。」 休みってまさかアルバイトかな…? …あれ?長門さん今日はハードカバー読んでない。 「長門さんが文庫本を読んでるなんてちょっと珍しいですね。いつもはすっごく厚いハードカバーだから私には無理そうかな、って思ってたんですけど。どんな本読んでるんですか?」 「・・・読む?」 「え?いいんですか?ならお借りしようかな。恋愛物とかですか?」 「戦闘物。」 戦闘…? これまた長門さんのイメージとは違って驚いた。そういうのも好きなんだ? 「この表紙の女の子が戦うんですか?どことなく涼宮さんと似てるような…。」 「……。」 その後部室に涼宮さんとキョン君が到着し、いつも通りの時間を過ごした。 古泉君が休んでいる事、長門さんが文庫本を読んでいる事以外は、いつも通りの。 今夜私がこの本を読み終えた瞬間、世界は小規模な改変をされる事になる。 ―― 翌日 コンコン 「はーい。大丈夫ですよ。」 「こんちには。ハルヒは少し遅れます。ところで、今日も古泉が休んでるみたいなんですが何か知りませんか? ハルヒの機嫌も悪くはないし、電話しても繋がらないので。ただの風邪とかならいいんですが。」 「徒を追っているのかもしれませんね…。」 「…ともがら?神人の別種かなんかですか?」 「紅是の徒を倒すのがフレイムヘイズの使命なので。」 「ふれいむ、へいず…?なんですかそれ、未来人の敵とかですか?」 「世界のバランスを崩す紅世の徒を狩る者が私達フレイムヘイズ…私は『雁ヶ音の煎れ手』朝比奈みくる。」 「・・・・・・・・。長門、どうなってる。」 「・・・わからない。」 またハルヒの奴がおかしな事始めたか・・・。なんだって…フレイムヘイズ? 長門は知らない、歩くムダ知識古泉は休み、となれば・・・困ったときのgoogle先生。 「40000件…?」 wikipediaへのリンクを開く。 【フレイムヘイズは、高橋弥七郎のライトノベル作品『灼眼のシャナ』及びそれを原作とする同名の漫画・アニメ・コンピュータゲームに登場する架空の異能者の総称である】 「つまり朝比奈さん・・・灼眼のシャナって小説を読んだわけですか?それで影響されたと。」 「炎髪灼眼の討ち手をご存知なんですか?彼女は今どこに?」 ダメだ…すっかりハマっている・・・。 朝比奈さんがまさか高2ではなく厨2だったとは・・・。 遅れてハルヒも到着したが何やら不機嫌な様子。岡部と揉めたか。ご愁傷様、古泉。 ハルヒが到着するまでヒマだった俺はwikipedia、灼眼のシャナの項目を読み漁ったため大筋は把握した。 ハルヒに知られたら厄介な事になりそうだな…この内容は。 ―― 夜 プルルルルルルル 「はい、もしもし。」 「こんばんは。不躾ですが、ここ数日あなたの周りで何か変わった事はありませんでしたか?」 「朝比奈さんが壊れた。いや正確には朝比奈さんに対する俺の夢が壊れた。」 「…よく分かりませんが。無事ならそれでいいんです。ですが、気をつけてください。近々あなたを狙う輩が現れるかもしれません。」 「…勘弁してくれ。機関の方々で何とかできないのか?」 「えぇ、フレイムヘイズは基本的に単独行動なので横の繋がりが薄いんですよ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「…今何つった?」 「え?…あ、いや「薄い」というのは別に頭髪の状態を言っているわけではなくですね・・・」 「そこじゃねーよ!!フレイムヘイズって言ったか今!?お前も…フレイムヘイズとかぬかすのか・・・?」 「言いましたよ。いかにも私はフレイムヘイズ、『赤光の狩り手』古泉一樹です。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「分かったもういい・・・全面的にお前らに任せる。」 「お任せを。いざという時携帯電話が命綱になりますので、充電状態には気を配ってください。」 「あぁ心配するな。俺の携帯の充電は午前零時に全回復するか・・・」 俺もかーーーーーっ!!!! ―― 翌日朝 あの2人(俺も?)が同時に影響を受けてるなんて厨2病の一言で済ませられる問題じゃないよな・・・。毎回毎回長門に頼らざる得ない俺が情けない。 でもしょうがないじゃない、一般人だもの。――キョン いや、待てよ。・・・長門に限ってまさかとは思うが、あいつもすでに毒されてるって可能性もあるんじゃないのか? あれこれ考えている内に部室に到着してしまった。 ガラッ 「おはよう、早いな長門。」 「おはよう。」 「朝比奈さんと古泉の様子がおかしいんだが、何か心当たりないか?」 「わからない。」 「そうか。ところで、「灼眼のシャナ」って小説読んだ事あるか?」 「…無い。」 …アイがスイミングしたぞ長門。 「そうか。いや俺も最近知ったんだけどな。ライトノベルって言ったか、ああいう小説にはやっぱりこう無口なキャラが必要不可欠だよなぁ長門。」 「…その意見は正しい。」 「さっき言った「灼眼のシャナ」ってのにもそういうキャラがいてな。俺はそいつが一番好みのタイプなんだ。」 (コクコクッ) 「名前なんて言ったっけなぁー、ヴィ…、ヴィ…」 「ヴィルヘルミナであります。」 「そうそうヴィルヘルミナ。――長門集合。」 「……違う。今のはケロロ軍曹…。」 ―― 「――つまり、まずお前がハマり、古泉に貸したらあいつもハマって学校休んでまで読み漁り、次に朝比奈さんに貸したら案の定、って事だな?」 「…そう。」 「て事はハルヒにはまだなんだな?」 「まだ。しかし、朝比奈みくると古泉一樹、そして私の様子を見る限り、単に小説に影響されただけとは思えない。私が最初に小説を手にした時点ですでに涼宮ハルヒの影響を受けていた可能性も否定は出来ない。」 「…なるほどな。とりあえずハルヒに読んだ事あるか聞いてみる事にするよ。 …で、お前も『なんとかのなに手』とか異名ついてんのか?」 「『万象の繰り手』長門有希。」 …ちょっとかっこいいと思っている自分が、そこにいた。 ―― 昼 「あー、ハルヒよ。ちょっと聞きたい事があるんだが。」 「何よ。団活欠席なら却下よ。」 「違う違う。「灼眼のシャナ」って本読んだ事あるか?」 「なにそれ?知らないわ。」 「フレイムヘイズって単語に心当たりは?」 「はぁ?何なの一体?初耳よそんな言葉。」 「そうか。…で、お前は今何食べてるんだ?」 「メロンパン。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 待て待て待て。あきらめるのはまだ早い。 単にこいつがメロンパンのおいしさに目覚めただけかも知れないじゃないか。美味いしね。美味いしねメロンパンは。 「時にハルヒよ、もうポニーテールにはしないのか?」 「えっ?…な、何でよ?」 「単純に見たいからだ、お前のポニーテールを。」 「あ・・・う・・・、み、見たいって、どうしてよ?」 「どうしてって、俺がポニーテール好きでお前はポニーテールが似合うからだ。」 「なっ・・・う…うるさいうるさいうるさいっ!!」 ・・・・・・・・確定。 つづく